西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています

撃沈時間がなんと7時間 はてなブックマークに追加
2007年01月05日 (金) | 編集 |
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<写真の説明>友人が贈ってくれた本。左の絵本は糖鎖について調べていて見つけた本らしい。糖鎖という新たな言葉が興味深い

今日は午前中にブログが書けなかったのが運のつきであった。今寝る前にようやく起き上がって書いているが、結局この時間になると痛い話になってしまう。しかも今日に至ってはタイトルの通り、7時間も撃沈するほど調子が悪かった一日であった。もちろんレスキューの塩酸モルヒネは飲んだ。にもかかわらず今日はまったくその効果が出なかったのである。原因は激しい便意だ。どうやらこの便意にはモルヒネは効かないようである。日中出かけなければいけない用事があったのでレスキューを飲んだのに、結局効かなかったので外出もできなかった・・・。夜8時ぐらいに一度空腹を覚えたが、痛みで食欲もすっかり失せてしまい、とうとう夕食を食べることもできなかった。

記録を見て7時間撃沈していたと分かり驚嘆したが、自分としてはそんなに長時間横になっていた実感はない。だからそういう意味では、この記録をつけるという習慣はすごくいいと思う。けっこう自分の気づかないところで無駄な時間を使っていることが分かることがあるからである。もし毎日忙しくてなんとなく終わってしまうと感じている人がいたら、ぜひ一度記録をつけてみることをお勧めする。現状を把握するだけでも意味があることだと思うし、きっと改善点が見出せるはずだ。

ところで昨日佐藤さんからもらったメールに書かれていた「潜在意識」についての話を掲載したが、同じメールにこうも書かれていた。
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『潜在意識的に見れば、「うまくいったかもしれない」という思いよりも、「ダメだった」という気づきの方がはるかに生産的なのです。』
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これはどういうことかというと、いわゆる「やらないで後悔するより、たとえ失敗してもやって後悔したほうがいい」ということである(と私は理解している)。まさにその通りだと思う。今までの私はどちらかというと失敗を恐れて一歩を踏み出せないタイプであった。しかしガンになってからは「当たって砕けろ」タイプに生まれ変わった。これはこのブログを最初から読んでくださっている方であれば、私がそのように変化したことにお気づきであると思う。このことも私がガンの恩恵として挙げている項目の一つであるが、それが如実に現れたのが「洗腸への挑戦」であった。挑戦前は洗腸なんかして気持ち悪くなったらどうしようとか、体調が悪くなったらどうしようとか、器具をそろえて結局使わなかったらどうしようとかあれこれ悩んでいたが、えいや!でやってみたら案外簡単でどうってことはなかった。でも洗腸(=コーヒー浣腸)といえば、結局家でできたのはブログに掲載したあの1回だけで、その後はタイミングがうまくつかめずぜんぜんできていない。便がストップするタイミングと私の体調が良いときとがうまく合わず、またパウチをつけているところの皮膚が最近少し荒れてきてしまっているので、皮膚に優しいほうのパウチを使用する必要があるからだ。洗腸用に購入した2ピースのパウチは、1ピースのよりも皮膚との接触面が頑丈にできているので、皮膚が荒れやすいのである。よってこの荒れが治らないとコーヒー浣腸を再開することができない。しかし結局パウチは同じ場所に四六時中張ることになるので治すのはなかなか困難であり、それよりも治すどころかこれ以上悪化しないように予防することすら難しい。今のところ軽い痒み程度で目だった痛みなどは発生していないが困ったものだ・・・。

ただいま夜中の12時半。やっと夜9時に飲んだボルタレンと10時に飲んだMSコンチンが効いてきて痛みが引いてきた。このぐらいの痛みになってくれれば日中も動けたのに、今日はレスキューも効かなくて本当に参った・・・。痛み止め頼りなのに肝心の痛み止めが効かないのではなすすべもない。ただただベッドで泣いて過ごすしかないのである・・・。
痛い話を書かないようにするには、ブログを午前中に書けばいい話なのだが、なぜ夜に書くかというと、このブログは家族へのその日一日の私の様子を伝える役目もあるからである。特に私の母は、1日おきに手伝いに来てくれているので、必ず朝ブログを読んで前日の様子を確認してから私の所に来る。そういう事情があるので、なるべくその日の夜にその日の私の様子を伝えるようにしているのである。しかも以前は夜になると調子が良くなったので、むしろ寝る前にブログを書くのがベストだったのである。でも最近のように、夜に必ず痛くなって起き上がれなくなるのであれば、ブログを書くタイミングを見直したほうがいいのかもしれない。なんせブログを書くことは私の最大の楽しみであるので、どうせ書くなら楽しいことを楽しんで書きたいではないか。
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テーマ:ガン治療
ジャンル:ヘルス・ダイエット
コメント
この記事へのコメント
がんの痛み
医療関係のかたのがん医療相談というブログをみつけました。ちょっと長いので申し訳ないのですが参考になるかと抜粋してコメントさせていただきました。

http://blog.goo.ne.jp/setoyamaosm/m/200604

 がんが進行すると多くの方々が痛みを訴えると言われています。がんの痛みに対する治療法は確立されてきており,WHO(世界保健機関)や日本緩和医療学会などからガイドライン(治療指針)が示されていますが,未だがんの痛みで苦悩される方々が多いことが問題になっています。その理由は幾つかあると思います。
 大きい問題の一つは,医師などの医療専門職に対する「がん疼痛治療に関するセミナー」が数多く行われているにもかかわらず,がんの痛みやその治療法について理解していない医師,看護師,薬剤師が未だ多いことです。すなわち,がん疼痛治療に興味のない医師などの医療専門職が多いのが現状かもしれません。
 WHOでは,①患者さんが投与しやすい投与経路で,②痛みの強さに応じた鎮痛効果のある薬剤を,③患者さん毎に痛みをとる必要投与量を決め,④時刻を決め規則正しく,⑤その上で副作用防止などの細かい配慮を行うことというがんの痛み治療の原則を示しています。
 その治療法の中心となる薬剤がモルヒネです。モルヒネに関しては,痛みが強いためいきなり大量のモルヒネを服用すると呼吸機能が抑制されたり,痛みがないのにモルヒネを服用することにより依存・耽溺といった好ましくないことが起きてしまったため,「モルヒネを服用すると短命になるとか,中毒になる」と知られていました。しかし,痛みがある状態で,痛みをとるのに必要な投与量を決めるために少量から服用し始め,必要量を規則正しく投与すれば,これらの副作用は殆ど起きず安全であることがわかってきました。モルヒネの鎮痛効果が発現する前に便秘や吐き気(1~2週間で収まります)が出現しますので,緩下剤や吐き気止めが必要になりますが,この対策を十分に行えば,他の薬と比較しても安全な薬剤と言えます。
 痛みは検査などでは正確に把握出来ませんので,これらの治療法を適切に行うためには,いつから痛みが出現したか,どのような痛みか(例えば,鈍い痛み,鋭い痛みなど),どの程度強い痛みか,どのような時に痛みが強くなるか,またどのような時に痛みが和らぐかを患者さんからお聞きすることが必要になります。これらが正しく患者さんからお聞きできなければ,よりよい痛みの治療は難しくなります。言い換えますと,患者さんも適切な治療法を決めるための情報提供者となります。
 このようながんの痛みの治療法を知らずにがんの医療を行うことは倫理的に好ましくないとWHOからも声明が出されていますし,山崎章郎先生はNHKの番組で,「痛みを取る手段が確立されているにもかかわらず,放置されているということは,結局、医療の現場で行われている暴力行為と同じことな訳ですよ」と話されています。小生も,目の前の患者さんが痛みで苦しんでいるのに,痛みをとるための適切な治療を行わないというのは犯罪行為に匹敵すると言う山崎先生と同様の意見をもっています。
 そのようながん疼痛治療の理解がない医療専門職を変えるためには,患者さんやご家族ががん疼痛治療に関して知識をつけ,患者さんやご家族から,医師などに質問を繰り返すことにより,医師などの医療専門職が自らががん疼痛治療の理解の必要性を感じるようにさせることが必要になっていると思っています。
 そのためには,ご自身の痛みに関して,いつから痛みが出現したか,どのような痛みか(例えば,鈍い痛み,鋭い痛みなど),どの程度強い痛みか,どのような時に痛みが強くなるか,またどのような時に痛みが和らぐかを医療専門職に説明できるようにし,モルヒネなどの薬物投与の計画について質問するという態度が必要になるでしょう。
 決して,「それならば痛み止めを出しておきます」と言うだけで,細かい説明がない場合に満足しないで下さい。患者さんの残された人生を有意義なものとするためには,患者さん・ご家族と医師,看護師,薬剤師と一緒にでがんの痛みをとるという姿勢が求められると思います。
 どんな場合にでも,痛みを我慢せずに,医師,看護師,薬剤師にご相談・ご質問し,決して,医師,看護師,薬剤師に任せっきりにしないで下さい。
 痛みのことを知り,残された人生を豊かなものにしましょう!

2007/01/06(Sat) 16:30 | URL  | 匿名希望 #-[ 編集]
あなたのブログなのですから、好きな時間に好きなことを書けばよいではないですか。
誰のためのブログですか?
誰のために、何のために書いているのですか?

お母さまも、今日も痛かったという話ばかり読むのは、さぞお辛いことでしょう。そもそも痛い話ばかりでは、あなたの様子は伝わらないのではないですか。

様子を伝えたいのであれば、落ち着いている時、気分のいい時にメールや電話をすれば済むのではないですか。何回かに分ければ一言ずつでもかまわないでしょう。

臨機応変に対処すること、時にはなまけることも、人間には必要です。
2007/01/06(Sat) 20:13 | URL  | 匿名希望 #-[ 編集]
痛みを伝えることについて書かせて頂きます。
私は腰椎椎間板ヘルニアでもあるのですけど、他人には私の痛みは分かりませんね。私の場合、パッと見、体は強そうですから、余計損な面がある気もします。
一度、痛みがある時期に、重い物(100kgぐらい)を運ぶのを手伝うように頼まれて、やばいかなと思ったのですが、手伝ったんです。
そうしたら、大きく痛めてしまいまして、1ヶ月以上、外を歩けなくなりました。痛くて、ひどいときはパンツを履くのに10分近く掛かってた。(笑)
痛いんだ、出来ないんだということを、正直に相手に伝えることが大切だと思いました。

みづきさんが、痛いと言ってくれて、私には状態の判断に大いに役立っています。どれだけつらいかも伝わって来ます。これは私だけではないはずです。
痛みは、他人には分からないだけに、伝えておかないと、私の上の例のように、自分に損になったり、結果的に他人に迷惑をかけてしまう場合もありますよね。

以前から、痛むことを書くことに迷いがある文章が見受けられたので、ずっと書こうかと思っていたことではあるのですが、本日書かせて頂きました。
2007/01/07(Sun) 03:50 | URL  | yas #Nc2AnN8g[ 編集]
明けましておめでとうございます。
お久しぶりです。
母の調子が思わしくなかった為、1ヶ月実家に帰省してました。母の調子も落ち着いているので帰ってきました。
今、さかのぼって読ませてもらっているところです。
「病気にならない人への説明がない」という記事。すごくわかります。
母の病気についてもそのことをすごく考えました。あの人より母はずっとよいことをしてきた、なのにどうして?なども考えました。
また、私自身も病気を持っているため、命に関わる病気ではありませんが、やはり、どうして私に・・・と思います。
考えても仕方ないのはわかってますが、やはり、そのことは考えてしまいますし、答えはでません。
でも、最近思うのが、「人生色々だな」と。
もちろん、他の人がうらやしかったりとかはありますが。でも、うらやましかったり、そうして私だけと考えても答えは出ないし、苦しいし、そう思って割り切ろうと思っているのかもしれません。みづきさんも色々思われることがおありのことでしょう。でもそれは仕方のないこと。思っちゃいけないと思っていても思ってしまうもの。仕方ないですよね。
2007/01/07(Sun) 12:45 | URL  | キワ #-[ 編集]
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