西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています

今できることをとにかく実行すればいい はてなブックマークに追加
2007年01月04日 (木) | 編集 |
やっぱり昨日あの時間にブログを書いておいたのは正解だった。昨日はかなり体調がいい一日であったが、それでも夜9時ごろには痛みが強くなってきて2時間ほどダウンしたので(レスキューはなし)、もし午前中にブログを書いておかなかったら、また痛い話のブログになってしまったに違いないからだ。
というわけで、今日も濃い内容で書きたいことがあるので、今のうち(現在午前11時半)に書いてしまおうと思う。昨日は私の最近の揺れる心を思いっきり吐露できたので自分としては大満足だった。そしておかげさまで皆様から有意義なご意見を頂戴することができ、これまた大満足であった。コメントしてくださった方の真意をできるだけ正確に汲み取るには一字一句を大事にしなければいけないと思い、一つ一つのコメントやメールを3回ずつ繰り返し読んだ。おかげでものすごく励まされたし、何か今までのもやもや感が晴れていくのを感じた。「なに情けないことを言っているんだ!!そんなことだからお前はだめなんだ!!」というお叱り・批判のコメントを頂戴すると思っていた(というか半分期待していた!?(^^))のだが、それがなかったのが少々意外であったが・・・。
もしそういったコメントを書くことを躊躇している方がいらっしゃったら、私は気にしないし、むしろありがたく批判意見も受け取めるのでぜひ投稿して欲しい。ただ一つ、批判ではないが注意をしてくださった方がいたな。「よほどの幼子でない限り、家族や自分の健康を祈るのは当然…というより、ごく自然なことだと思っていたので、正直驚愕しました。今まで、何かおごりがあったのではないでしょうか?」と書かれていたが、まさにその通りで、私自身ガンになってから気づいた重要なことの一つである。そしてこれがガンからのメッセージの一つであると思っている。

昨日ある友人からのメールに「みづきのブログに書かれているコメントは、どれも為になることばかり書いてあって、すばらしいコメントばかりだね。中傷とかもほとんどなくてすごいよね」と書いてあったが、私もそう思う。彼女も自身のブログを立ち上げているが、悪意のあるコメントを書かれることが多く、とうとうコメントを書き込めないようにしてしまったそうだ。それに比べ、ほんと私のブログは不思議なぐらい良いコメントばかりで、しかも会ったこともない私の為に真剣に考えてコメントしてくれる方たちの存在は、感謝という枠を超えてむしろ尊敬にすら値すると私は思っている。

今回もらったどのコメントもいつもながら心に染み入ってくるものがあり、おかげでもやもやしていたものが吹っ飛び、一筋の光が見えてきた。そして私が探していたものを一言で代弁してくれていたのがタイトルにある「今できることをとにかく実行すればいい」であった。これは佐藤さんが直接メールでくださった文章に書かれていた言葉である。佐藤さんからのメールにはまた潜在意識についてこう書かれてあった。
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「潜在意識はいつまでも答えを探し続け、結果疲労する。」「潜在意識には”今、この瞬間”しかない」「潜在意識は”ないもの”が理解できない」。だから具体的に言うと「どんな状況にあっても、”今、できること”だけを考え、それを実行する」。
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私は潜在意識が理解できない”ないもの”を探していたからいつまでも答えの出ない無限ループにはまり、疲れてしまっていたのだ。この地球上に存在するほとんどのものに理由があり、その理由や原因を突き止めることで結果を改善することができるという信念を持ってきた私だが、今回の問いに関してはそれは不可能であった。なぜなら「病気」という非常に難解で、科学的に証明できない(一部はできているがすべてはできていない)もので、あまりにも複雑にいろいろな要因が絡み合っている故すべての人類に共通しない、あまりにもすごすぎるもの(事象)を相手に答えを見出そうとしていたからだ。初めて答えのないものに遭遇した。そのことがようやく佐藤さん他みなさんからのコメントで分かった。

もうこれからは自分がなぜガンになったのかなどと考えるのはよそう。そして今自分ができること、やるべきことを精一杯やっていくことにしよう。それは何か。良い食事を摂取し、身体を動かし、あらゆるものに感謝しながら楽しく生きていくことである。
こうして言葉にしてしまうと「なーんだ、こんな簡単なことか」と思うが、私はこのたった3行ぐらいで表せてしまうことを、かなり長い期間悶々と悩み続け、探し求めてさまよっていたのである・・・。

こうして「自分がなぜガンになったのか」とか「病気にならない人はなぜならないのか」という理由探しをしなくてもよくなったことで一筋の光を見出し、昨日、今日とものすごくすっきりしてさわやかな気持ちになっている私だが、それにはもう一つ別の理由がある。それは佐藤さんから指摘される前に自分で気づいていたのだが、さすが佐藤さん、私の気持ちをビシーッと言い当てた。それが同じメールに書かれていた以下の文である。
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みづきさんのブログを読むと、みづきさんの問いは別の所にあるように思います。
それは、何故、自分がこんなに若くしてこんなひどい病気になるの?
他にももっと酷い生活や性格をしているひとが沢山いるのに、どうして?
私はそんなに酷くなかった。

という事が言いたいのだなと思いました。
ごもっともです。
ガンになったことに納得がいかないということでしょうね。

じゃあ、もっとその納得がいかないというのを正直に言ってみたらどうでしょう? そういう気持ち(感情)を隠していることが、痛みや病気の元だったりするんですよ。表現できずにため込んでいることなんです。
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私が「なぜ病気にならない人がいるのか」と並んで納得いかなかったものに、カウンセラーに言われた「若くしてガンになったことをむしろ喜ぶべきである」という言葉があった。確かにガンになって気づかされたことはたくさんあるので、ガンに感謝している気持ちにいつわりはない。しかしやはりどう考えてもガンになったことはいやなことであり、ましてやこんなに若くして末期がんなどを患わなくてもいいじゃないか!というのが正直な気持ちである。それを今まで「喜ばなくてはならない」とか、さらには「これを喜べるようにならないとガンの治癒はありえない」と頑なに思っていたことが自分の正直な気持ちとの間にギャップを生み、それが悩みとなっていたのである。しかしとうとう昨日のブログで、納得できないものはできない!!ということを書けたので、ものすごくすっきりできたのだ。こう書くことができたのも「もうガンになった原因を考える必要はなくなった」からである。ガンの原因を考えることを止めない以上、恐らくずっとこのことに関しても自分を納得させるようあらゆる努力をし、そしていつまでも納得できない自分に悩まされ続けていたであろう。

年明け三が日は痛みに翻弄され、また精神的にもふらふらしており、正直この1年どうなることやらと不安に思っていたのだが、ようやく4日目にして吹っ切ることができ、また以前の自信がよみがえってきた。この精神ならきっとガンを克服できるだろう。今、心から自信を持ってそう言える(喜)。
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ジャンル:ヘルス・ダイエット
コメント
この記事へのコメント
^^
お気持ちが晴れてよかったです^^。

新しい年が始まりました。
旦那共々、ひっそりと応援しております。
今年もよろしゅう頼みます。


2007/01/04(Thu) 21:40 | URL  | みぽりん #-[ 編集]
カタブツ(失礼)かもしれないけれど、いつも律儀で生真面目で一生懸命なみづきさんのお書きになるものがとても好きで、毎日必ず読んでいます。いろんな方が書いていらっしゃるように、私にとってとても考えさせられるし、実に素晴らしいコメントもたくさん読ませてもらえるのもとっても魅力です。すべてみづきさんの人間力・場の力だと思います。

私は現在、家族の看病で長い時間病院にいます。以下に最近私の思ったことを書かせていただきます。

当たり前ですが、実にいろんな病気や怪我の患者さんがいます。先天性の患者さんも大勢います。
特に、自分自身の生活習慣などは無縁なはずの、幼い子どもさんの重い病気などには、厳しい宿命を引き受けられていることに、胸が詰まる思いです。
毎日忙しく仕事をして、楽しく仲間とお酒を飲んだりしている生活が当たり前と思っている人たちの中だけにいると、病気は(ましてや死に至る病は)珍しくて思いがけないもの、降ってわいた「不幸」であるかのように思われがちですが、山ほどの病人の中にいると、病気自体が不幸とはとても思えなくなります。
幸不幸は病状の深刻さによるというのでもなく…。病気になると、その人がどんなふうに生きてきたか、どんな人に囲まれているか、病気になった今どのような物心両面のサポートがあるか、またご本人の信念・思いはどうか、などが一気に現れますよね。いろんな患者さんを見ていると、うんとつらいけどお幸せだなとか、病状は軽いけどお気持ちは悲しいのかな、とか、いろいろ感じます。
とても思うのは、本当に人間は1人では生きていないな、ということです。1人の人間が生きていくためには(病気を持っているいないにかかわらず)家族や友人や…というだけでなく、通りすがりの人を含め、直接的間接的に何万人もの人がかかわったり影響を与えたりしていると思います。自然など人智を超えたところと影響しあっている可能性もあるし…。だから、1人の人間に起こることはその人のかかわるたくさんの人間+人智を超えたものに影響を及ぼすことになり、おめでたい形で現れることや病気のようにつらい形で現れることも含め、みんなチャンスなんだろうなと思います。

さくっとわかりやすく書けなくてすみません。みづきさんはもうなぜ病気になったかなど考える必要がなくなったとおっしゃっているのに、うるさいですが…^^;
本当にわからないですよね! 何十億もの人間がいる中で1人の人に起こることの理由なんて。私はきっと理由はあるだろうと思っていますが、生きているうちにはわからないだろう、とも思っています。死んでもすぐにはわからないかもしれないな、と。
だから、結局みづきさんがお書きになっていらっしゃることにまったく同感! 今わかっていること、できることをやるだけ、ですよね。

2007/01/04(Thu) 23:15 | URL  | 匿名希望 #-[ 編集]
遅ればせながら、あけましておめでとう!今年もブログ愛読させていただきますね。お互い素晴らしい年にしましょう。
2007/01/04(Thu) 23:35 | URL  | あつこ #-[ 編集]
昨日、今日の記事とコメントを拝見して
みづきさんが、やっと(ゴメンナサイ)自認してくれた事に
心から嬉しく思っています。
私が最初にこのブログを拝見してから
ずっと、何故自分が?を探求していらっしゃるんだろうな・・・っと感じていました。
例えば、産んだ子供が障害を持っていたとします。
自閉症や多動症等
母親が病気と認めないでいると
その子供は苦痛を感じながら健常児の扱いを受けます。そして親にあせりが出て決して良い状況を作ることが出来ません。
病気の事を直ぐに受け入れ、しかるべき治療や訓練を受ければ、視野や世界は広がります。
好転できる可能性が高くなると言うことです。
そして共に楽しく生きてゆく
焦り無く穏やかな気持ちで、是非 病気に向かい
【どう生きるか】を大事に思って欲しいと思います。
そして認められた時から、本当の意味での治療が始まるのではないでしょうか。
笑える・・・と言う事の心地良さを少しでもたくさん^^
こんな私でも明日があるとは限りません
美味しいワインやチーズを毎日でも一口
良いじゃありませんか?
そこには素敵な笑顔が浮かびます。
それが痛み止めより効果があるのかもしれません

みづきさん自身は、ずっと知っていたと思うのですが何より文にして拝見できたこと
本当に嬉しいです。
2007/01/05(Fri) 03:37 | URL  | あかり #2qaJ23q.[ 編集]
「お叱り・批判のコメント」は求めるのは難しいかもしれませんね。
今回のようにみづきさんがハッキリ書いてくだされば大丈夫とは思いますが、ここで批判めいたことを書くと、ほかの読者の方に反論されることがしばしばありますので。
2007/01/05(Fri) 03:49 | URL  | 匿名希望 #-[ 編集]
私の認識を書かせて頂きますね。

「若くしてガンに罹ったことを喜ぶべきである」という言葉ですが、私には言えないですね。
病気を喜べとは言えませんよ。普通そうでしょう。
精神状態を安定させる目的だとしても、もしくは、絶望の淵に居る人の、心を救うためににしても、私なら使いません。
例えて書きますと、私は胃潰瘍になりましたが、胃潰瘍になって良かったと感じたことはありません。全快した今ても、胃潰瘍にならなかった方が良かったとも思っています。胃潰瘍になったことで得たものも有りますが、それはそれとして、胃潰瘍自体には感謝しません。病気はそれほど人に有益では無いはずですし、出来れば罹りたく無いものですよね。

メッセンジャーですが、これも例えます。胃潰瘍になって、無理してはいけないと思うようにはなりました。胃潰瘍という「病気」が教えてくれたと言えばそうですが、私がメッセンジャーと呼ぶとしたら、胃自体、体自体です。病気は死を運んで来ることもあるわけですから、有り難みが有るようなメッセンジャーという呼び方は、私はできません。

念のためですが、自然療法を否定するものではないことはご理解頂けてますよね?
上記の、2つの言葉の使い方がなんか変だと感じているだけです。
2007/01/05(Fri) 06:38 | URL  | yas #-[ 編集]
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