西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています

家事労働とはよくいったもの はてなブックマークに追加
2006年10月09日 (月) | 編集 |
ようやく下痢も治まり、外は秋晴れの快晴、日中は気分も体調もとてもよかった。ただ一つだけ気になったのは、昨日から継続している便秘・・・。いつもであれば、起床後に果物を食べると朝一番の排便のタイミングを迎えるのだが、下痢が治まったとたん、ピターッと便も止まってしまった。どうしてちょうど中間というのが私にはないのだろう???そのためにカマも継続して飲んでいたのに・・・。

とにかく排便を促すためには身体を動かすのが一番ということで、天気もいいし、まずは掃除機をかけることにした。しかし今日の便秘はそれぐらいのことではびくともしなかった。よってさらに「床拭き」をしてみることにした。これはけっこうな重労働であった。たいして広い家ではないが、2LDKの家を全部雑巾がけしたら、さすがの私でもうっすら汗をかくほどであった。ウォーキングでも汗をかかない私がそうなのだから、これはかなりの運動であることを物語っている。

雑巾がけしながら思った。家事労働とはよくいったもので、便利な世の中になる前は、家事をこなしているだけで十分な運動になっていたのだ。洗濯だって洗濯板でごしごしやるのはかなり力がいるだろうし(もちろん私はやったことないのでどのぐらい大変なのかは知らないが)、床掃除だってクイックルワイパーみたいなのを使わず今日みたいに雑巾がけをすればかなりの運動になる。よってきちんと毎日の家事をこなしてさえいれば、いちいちジムなどにお金を払って運動しなくても十分だったのだ。家事だけではない。通勤や日々の移動だってそうだ。なるべく歩いたり、駅のエスカレータを使わず階段を使うようにするだけで良い運動になる。日々の生活の中に、運動できるチャンスはいくらでもころがっているのである。

最近の私は運動をすることを重要視しているので、そういう風に物事を考えるようになったら、いろいろなことがまったく苦ではなくなった。例えば、買い物一つとっても前向きに考えられるようになった。以前であれば、買い物は忙しいのに時間をとられるし、ましてや日本の場合、自転車で出かけて、たいした量を買ってないのに帰りには重くてふらふらするぐらいになって、ものすごく「うざい」行為の一つであった。しかし今では歩く良いチャンスなので当然自転車などは使わないし、また重い荷物を持つことは、腕を鍛える良いチャンスとすら捉えられている。以前書いた図書館もそうだ。本を借りに/返しに行くことが、歩くチャンスを与えてくれる。歩道橋を渡るのもむしろウェルカムな行為となった。仮に一度外出して、何かを忘れて家に再び戻ったとしても、これまたやはり「歩くチャンスを与えてくれる」ので、まったくいやではないのである(^^)。

このように考えることは、運動になるという利点だけではなく、精神面でも良い作用を及ぼす。上述の通り、今まではイライラの元になったものも、すべてウェルカムなことになるからだ。こんなことはものすごくささいなことで、至極当たり前のことであるが、なかなか気がつかないことである。事実、今までの私がそう思えなかったからである。よって日々のことでイライラしているみなさん、このようにちょっと見方を変えるだけで、同じ行為がまったく別のことに感じられるようになるので、ぜひお試しあれ。なかなか忙しく生活していると、こんな悠長に物事考えられないかもしれないが、まさにこれがスローライフというものなのかなあと思う今日この頃である。

実は私のほうは、あまり悠長なことを言っていられない状況だ。今日はまったくといっていいほど結局便は出なかった。完全に便秘モードに突入した模様だ。
うまい具合に今日はパッチ増量翌日で、もっとも痛みが抑えられている日なので、今のところまだ余裕があるが、実際は恐らくものすごい圧迫痛が来ているはずである。明日が恐ろしい・・・。なんとか明日出てくれるといいのだが・・・。再び塩酸モルヒネに頼ることがないようにしたい。
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2006/10/11(Wed) 09:37 |   |  #[ 編集]
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