西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています

痛み抑制の功罪 はてなブックマークに追加
2006年09月12日 (火) | 編集 |
昨日デュロテップパッチ(麻薬の貼り薬)を増量した効果がばっちり出て、今日一日ほとんど痛みなく過ごすことができた。痛みがないとこんなにも有効に時間を使えるのかと、再認識させられた一日であった。
仕事の件でちょっとトラブルがあり、対応しなければならないことが出てきたのだが、それにもなんなく対応できた。いつもだったらメールに張り付いていることはとても不可能だったので(そもそも日中パソコンを立ち上げる余裕がまったくない!)、変な話だが、トラブル発生が今日でよかったと思った(^^;)。
また、いつもだったら必ず痛みが発生する食後や排便後も、今日に限ってはほとんど痛まなかった。よって痛みをやり過ごすためにベッドに横たわる時間や、お風呂に入るといった無駄な時間をセーブできた。次から次へと行動できた。散歩も久しぶりに1時間歩くことができ、しかもリハビリ散歩(笑)ではなく、以前のようなウォーキングに近い散歩をすることができた!しかし、歩きながら、痛みはすぐそこ(おしり)まで来ているがまさに薬で抑え込んでいるーーーー!!!!という感じがものすごくあった。

以上のように、痛みを抑制できたことによって得られたものは絶大であった。しかし、その一方でマイナス面を発見した。それは痛みを抑えるということは、すなわち本来感じるであろう感覚までをもなくしてしまうため、けっこう危険もはらんでいるということである。私の場合、具体的に言うと、例えば圧迫痛である。圧迫痛は、便やガスが溜まってくると腫瘍を圧迫し、それが周辺の神経を刺激するために起こる痛みである。言い換えれば、圧迫痛が発生するということは、かなり便やガスが溜まっていることを知らせるシグナルとも言えるのだ。しかし、今日のようにその圧迫痛さえも抑え込んでしまうと、確かに快適ではあるが、一方で便やガスを無理やり出す必要がなくなってくるため、一時的にはいいかもしれないが、長期的に考えるとますます便秘を促進させる危険もはらんでいると思った。私の場合はたとえ便意を感じなくても2回のエネマ(コーヒー浣腸)を日課としているので、便秘の危険はないと思うが、でも実際今日は、かなりガスが溜まっておなかが張っているのにもかかわらずあまり痛まないため、いつもほどガス出しに努力しないで済んでしまった。まったくいいんだか悪いんだか・・・。

思えばがんセンターで手術を受けたときに、術後の痛み止めに使うモルヒネの説明で同じようなことを言われた。つまり、あまりにも痛みをゼロにしてしまうと、本当はどこかが悪くて痛いのにそれを発見できなくなってしまい危険なので、かえってある程度痛みを感じるようにモルヒネの量を調節すると。
やはり、痛みというのは「どこかが悪いですよ」ということを知らせてくれるメッセンジャーなので、メッセージを伝えられない状況にしてしまうことは危険だ。痛みをゼロにした快適ライフを送りたいのはやまやまだが、一方で危険もはらんでいるので、やはり痛みをゼロにはできないようだ。ぐすん・・・。

最後に、今日はCT検査の結果についての喜びのコメントやメールをたくさんの方からいただいた。この場でお礼を申し上げたい。そして申し訳ないが、あまりにも数が多いため、各人にお礼の返事を書けないことをご了承願いたい。
それにしても、本人以上にみなさんのほうが結果に喜びを感じてくださっているのがありがたかった。せっかくまあまあ良い結果だったのだし、普段喜べるような出来事があまりないのだから、こういうときぐらい思いっきり喜びを感じたらいいと思うのだが、あまりにも予想通りだったというか、この程度の結果は当然だと思っていたため、あまり感動できなかった。まったくかわいくない性格である(^^;)。こんなことだからガンになったのかな???
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コメント
この記事へのコメント
ちょいイタ程度に痛みを調節するのは難しいね。でもとにかく一日快適にすごせてよかった…。ここ数日で急に冷え込んできたから、体調気をつけてね。
2006/09/13(Wed) 08:29 | URL  | あつこ #-[ 編集]
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2006/09/13(Wed) 08:30 |   |  #[ 編集]
少しは痛みが有ったほうが体の治癒力も働くのかもしれませんね。
と言っても、腫瘍はふつうの病気と違って、腫瘍の細胞自体がふつうの細胞のように振る舞うところが有るから、胃潰瘍などのように治す力が働くものでは無いのでしょうけれど。
私の足首にできた4cmの良性腫瘍にも、治癒力が働いたとは思えない。(手術で摘出済み)
変異した細胞を免疫機構が異物としてとらえ、排除する方向へ持っていければいいのかな。。(素人考えです)
2006/09/13(Wed) 11:15 | URL  | yas #-[ 編集]
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2006/09/13(Wed) 13:43 |   |  #[ 編集]
そうか、痛みによるストレスや時間のロスがなくなっても、そういう心配もあるんだね。
排便と同じように、ガスを出すようにするリズムも作るってのは無理なのかな???
お腹を時計回りにさすると腸の動きが活発になって、子供だとすぐトイレにいったりガスがでたりするんだけど、食後とか、暇なとき(いつだ?)さする癖をつけるとか、良い方法はないかな?せっかく痛みから解放されるのに・・・
話はかわるが、玄米にヨーグルト入れてみたら、普通においしかったよ。玄米がやわらかく感じた。
晴れ晴れした秋空のもとで、気持ちよく散歩できると良いね。
2006/09/13(Wed) 23:27 | URL  | みわ #-[ 編集]
痛みというと、「お産」の痛みしか分からないんだけど…、一人目を生んだときには「硬膜外麻酔による無痛分娩」でした。分娩時に、いきみのタイミングがあまり分からないため、吸引分娩という形をとることになりました。(赤ちゃんの頭に吸盤をつけて引っ張り出す。)
やはり、痛みを止めるというのはどこか不自然なことなのかもしれないけれど、分娩時のお産自体に対する恐怖や、生んだあとの身体の負担を考えると、「無痛分娩」もよかったとおもっています。
みづきの状態とはちがうかもしれないけれど・・・。
痛みを抑えてぐっすり眠れて、また新しいパワーが沸いてくるのを期待したいね。

みづきの心地よく過ごせる時間が少しでも多くありますように…!
2006/09/14(Thu) 21:34 | URL  | りこ #-[ 編集]
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