西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています

あわや救急車を呼ぶ事態に! はてなブックマークに追加
2007年05月02日 (水) | 編集 |
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<写真の説明>千葉県千倉の父の友人宅へ行って両親がとってきたポピー

以前であれば1日でもブログを書かないと「何かあったのでは?」と思われた私だが、最近はほぼ1日おきペースになっていたので、恐らくみなさんはこの2日ブログを休んだことに対しても「インテリアを考えるのに忙しくて書く暇がなかったのだろう」ぐらいに思っていたことであろう。実は私はおととい(4月30日)原因不明の激しい胃痛に襲われ、救急車を呼ぶ寸前の大変な事態に陥っていたのだ!!
簡単にこの2日間をまとめると

<4月30日>
11時起床 いつものように朝食(というかほとんどブランチ)に大量のフルーツを食べる。体調的には特に変わったことはなし
14時に小腹がすいたのでさつまいもの素揚げを5切れほど食べた。さつまいもにアオカビのようなものが見えたが、新しかったのでカビが生えるような状態ではなかったことから大丈夫だと判断し、とりあえずアオカビみたいなものがついていないものを食べた
17時ごろから胃のむかつきを感じ始め、時間の経過とともに悪化
19時には激しい胃痛とともに第一回目の嘔吐
19時半ごろ、2回吐いたことで少し落ち着きを取り戻したので、両親帰宅(父が風邪を引いていて父も体を休める必要があったので、私に付き合っている余裕はなかった)
20時ごろさらに容態悪化。救急車を呼ぼうにも声を出すことすらままならない状態だったので、主人に至急帰ってくるよう連絡
10分後主人帰宅。私は息も絶え絶えの状態。救急車を呼ぶことを検討。その前に緩和ケアに相談の電話。現在の症状だけでは原因は分からず、検査をしてみないと何も分からないということで、ほぼ食中毒に間違いないと思っていた私はとりあえずもう少し様子を見てみることにした。
それから1時間は大量の発汗、寒気、発熱、吐き気、胃痛の症状でかなり苦しんだが、それ以上悪くはならなかった。
21時に3度目の激しい嘔吐。しかしそれをピークに少し症状が回復。救急車を呼ぶ必要はなくなった。胃の痛みのほうが強かったせいか、いつものがんの疼痛はあまり感じなかったのがせめてもの救いであった。

<5月1日>
午前3時に吐き気をもよおしトイレに行ったが吐けなかった。
その後さらに症状は回復。
10時起床時には胃痛は治まり、軽い吐き気があるのみ。微熱はあり。
12時緩和ケアの外来の予約がちょうど入っていたので、外出はつらかったが診察をしてもらいに行った。待っているときもソファーで横になっており、診察もベッドに横になりながらの診察だった。
13時帰宅。昨日に比べれば段違いの回復だが、しかし食欲はまったくなく、起きていることは無理というぐらいのだるさがあった。よって一日中寝ていた。寝ている間もかなり汗をかいた。日中は平熱に戻ったが、夜に再び微熱が出た。胃の痛みがなくなった分、がんの疼痛が出てきた。

<5月2日>
そして今日。午前中は胃のむかつきがあったが、食欲も少しずつ出てきて、スープとパンを食べることができた。ようやくブログを書けるぐらいにまでは復活したものの、まだ完全に調子が戻ったというわけではない。微熱もある。倦怠感もある。まあ明日には完全復活できるであろう。

とまあ、ざっとまとめるとこんな感じであるが、結局この胃痛はなんだったのか正確にはわからない。私は食中毒だと決め付けていたが、C先生によるとその線はないそうで、もしさつまいもが原因だとすると考えられるのは食あたりだということであった。ちなみに食中毒と食あたりは単に言い方の違いだけかと思っていたが、病気そのものが違うのだということを今回初めて知った。主な違いは発生時間の違いなのだが、当然症状の重さも違い、食中毒のほうが食あたりより症状が重い。食中毒の場合は原因の食物摂取の後通常半日から1日を要するので、よって私の場合考えられるとしたら食あたりなのだが、その場合でも発生時間からしてちょっと早すぎる。となると原因がさつまいもではないという話になるのだが、それ以外にはこれといって特別なものは食べていないので、さつまいも以外の食べ物が原因だとは考えにくい。

食あたりでない場合は、腸閉塞か急性胃炎が考えられるとのことであった。食あたりであれば今後食べ物に気をつければいいだけのことなので、私としては食あたりであってほしかったのだが、もしそうでないとなるとかえってやっかいだ。便秘気味とはいえちゃんと便は出ていたので、腸閉塞なんてありえないと思っていたらそうでもないようで、特に開腹手術をした人はちょっとした瞬間に腸がキュッとねじれて腸閉塞を起こすこともあるそうで、そういう場合は今回のように自然に治ることもあるらしい。だとしたら今後もまた発生する可能性はあるわけで、またこんなに苦しい思いをする可能性があるかと思うとなんだかお先真っ暗だ。

急性胃炎の懸念もはずせないのは、父が風邪を引いていたからである。私も父が風邪気味だと聞いて一瞬大丈夫かなあという不安がよぎったのだが、免疫療法もやっているし、体力はついているものと過信していたのでそのまま家に来てもらった。しかし結果こういうことになると、やはり念には念をで風邪を引いている人には近づいてはいけなかったと反省している。

いずれにせよ何が原因だったのかはわからない。とにかく私が死ぬほどつらい思いをしたという事実だけだ。それにしても同じ事象の捉え方のあまりの違いに笑ってしまったのだが、私は今回のことをたまたま運が悪く食あたりか何かになってしまっただけか、もしくは好転反応か!?とさえ思ったほど、とにかく前向きに捉えていたのだが、C先生は180度違った。要するにまた一歩私が死に近づいてしまったと考えたようだ。今回はさすがに一人では危なかったので主人に外来についていってもらったのだが、ちょうど家族も一緒に意思の再確認ができていいと思ったのであろう。また最後はどう迎えたいかとか、人工呼吸を希望するかとかそういう質問をしてきたのだ。C先生からそういう質問をされて初めて私は「そうか、今回のことはがんがさらに進行したという考えもあるんだな」と思ったのだが、そのように聞かれなかったら逆に病気がよくなっているかもしれないとさえ思っていたのだから、なんて私って能天気なのであろう。でもこの気の持ちようが重要なのだと思った。このぐらい能天気でなければがんには勝てない(笑)。

とにかくこの2日間ほとんど何も食事をとっていないし、ただただベッドに横になっていただけだったので、体重は1キロ減ってしまったし、体力もかなり消耗した。また一からやり直しだ。思えばちょうど半年ごとにこうした大事件が起こる。最初の開腹手術からちょうど半年後に腸閉塞によりストーマの手術を受け、また半年後に今回の事件が起こり・・・。今回は手術は免れたのでよかったが、半年たつといい調子で回復していたのにストップがかかり一からやり直しになる。まったくいやになるなあ。
完全復活とまではいかなかった はてなブックマークに追加
2007年05月03日 (木) | 編集 |
起床時は胃のむかつきも熱もなく、完全復活かと思ったのだが、朝食を食べたとたんに気持ち悪くなってダウン、結局今日も一日中ベッドで寝ていた。しかもがんの疼痛のほうもいつもより痛かった。せっかく今日は調子が良かったら主人と一緒に散歩しようと言っていたのにできなかった・・・。明日こそ完全復活だ!
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ジャンル:ヘルス・ダイエット
電磁波過敏症 はてなブックマークに追加
2007年05月05日 (土) | 編集 |
かなり前だが「電子レンジはよくない」という言葉を耳にしたことがあった。電子レンジがいけない理由は電磁波が身体によくないからだということはおおよそ予測はついていたのだが、とにかく「電子レンジはよくない」という言葉しかなかったので、なぜいけないのか、どのようにいけないのかということは知らなかった。そして恥ずかしいことに機械音痴の私たち母娘は、電子レンジの構造をよく理解していなかったが為に、電子レンジで温めると電磁波が料理に蓄積され、料理を通じて私たちの身体に入ってくるのでいけないのだと思っていた。よってなるべく温めるときはレンジではなくガスを使うように心がけていた(^^;)。

ところが先日電磁波に関する本を読んだところ、電子レンジで温めたからといって料理に電磁波が蓄積されるわけではなく、料理をレンジで温めることは問題ないのであって、電子レンジ使用中に発生する電磁波を浴びることが問題なのだということが分かった。よって使用中に近くにいなければよいということなので、私は最近スイッチを入れたらなるべくレンジから離れるようにしている。そしてチンという音が鳴ったら戻ってくるのである(笑)。

本によれば、とにかく電気製品は多かれ少なかれ電磁波を発生するということである。そして年を追うごとに私たちの周りには電磁波を発生する製品が増えているので、そのリスクは増すばかりである。ここ10年間だけ考えたって、10年前には携帯電話やパソコンというものは身近には存在しなかった。しかもこれらがさらに危険なのは、常に身体の近くにあることである。よって使用しないのが一番なのだが、当然生活上そういうわけにはいかない。じゃあどうすればよいのかというと、それらから離れることで自衛が可能なので、なるべく電気製品の近くにいかないことである。ちなみに1~2m離れればいいそうで、2m以上離れれば大半の製品でリスク回避できるそうである。よって私は最近はなるべく使用しないときは携帯を切ることにし、しかも家にいるときもなるべく遠くに置くようにしている。

ちょっと気にしすぎではないかと思われる方もいるかもしれないが、私はガンと同じことだと思っている。ガンは生活習慣病なので、私がもっと普段から食べ物や生活習慣を気をつけていればガンにならずに済んだはずである。電磁波が直接身体に悪影響を及ぼしているさまが目に見えないのでつい軽く考えがちだが、花粉症と同じでこれも蓄積をさせないようにすることが一番の予防であるようなので、日ごろの心がけが重要だ。また電気製品がこれほど身の回りにあふれ出したのが最近のことなので、電磁波過敏症という病気の発生がさほど多くないだけであって、そのうち花粉症のようにものすごく身近な病気になる可能性もある。とにかく私はもう二度と今回のような苦しい思いをしたくないので、普段の生活の中で予防できるものはできる限りやっていこうと思っている。しかも私が人より免疫力および許容量がないことは明白なので、人一倍気をつける必要があるとも思っている。

私がここまで電磁波に関して神経質になったのには、先日見たTVの影響もある。NHKだったと思うが、かなり前に化学物質過敏症の患者さんの生活を紹介していた。紹介されていたのはかなり重症な患者さんではあったが、その生活といったらそれはもう大変で、ほとんど普通の人が送るような生活は成り立っていなかった。ちょっとした化学物質にも敏感に反応してしまうので、まず住むところを探すところからその苦労は始まる。都会は大気汚染で住めなくなったので田舎へ引っ越したのだが、田舎は田舎で農薬をまいているので、農地が近くにあるとだめらしい。最近の家は建材などに化学物質が使われているので、家選びも相当大変だ。びっくりだったのは、それまで調子よく過ごしていたのに、TVスタッフが近づいただけでその患者さんが倒れてしまったことだ。TVスタッフの着ていた洋服についていた東京からの汚い空気か合成洗剤に反応したらしい。ちなみにどのように症状が現れるかというと、頭痛やめまいや吐き気、ひどいときには身体の力が一気に抜けてしまい自力では立っていられなくなってしまうこともあるという。あの生活を見ると、今の私の生活のほうがましだと思ってしまった。そのぐらい大変な病気なのだ。だからこそ、ガンの予防をするのと同じくらい本気で取り組んでもおかしくないことなのである。

電磁波過敏症は化学物質過敏症とまったく同じロジックである。反応する対象物が違うだけであって、どちらも許容量を超えると発症する。そしてある日突然発症するから怖いのである。だからこそ、何もない今のうちからできるだけ予防しておくことが重要なのである。実際日本ではまだ電磁波過敏症という病名で認知されておらず、神経症のような心因性の病気として扱われているようだが、とっくの昔に欧米では認知されており、電磁波過敏症先進国スウェーデンでは87年に電磁波過敏症協会という団体が作られたそうである。アメリカでは2001年9月から通信会社最大手のAT&Tワイアレス社が携帯電話ユーザー1640万人にイヤホンマイクを無償提供し始めたそうだ。対策をとるどころか、まだ認知すらされていないのだから、相変わらず日本はこういうことに関しては数十年遅れをとっている。

電磁波に関してまとめると、とにかく近くでの使用を避けることが一番なので、逆に言えば身体に近づけて使用するものがもっとも危険な製品であると言える。すなわち携帯電話、電気毛布、電気シェーバー、ヘアドライヤーなどがそうだ。本には飛行機の座席や電車の車両でどれに乗ったらよいかということまでいろいろなことが書かれていたが、あまりにも危険なものがありすぎてここでは書ききれないので、最後に一番多くの方に共通すると思われる携帯電話の危険性を減らす3つの方法をお伝えして終わりにしよう。
本によると、1.イヤホンマイクを使う 2.つながり始めは耳から離す 3.アンテナは伸ばして、バーアンテナ表示が3本のところで使う、ことで危険を軽減できるそうである。少々面倒くさいが、この小さな努力の積み重ねが大病から守ってくれるかもしれないので、ぜひ実践されることをお勧めしたい。少なくとも私は実践していく所存だ。

こう考えると、ガンも結局より良いより快適な生活を追及してきた結果起こった病気であり、この電磁波過敏症も便利な生活を追求してきた結果新たに出現した病気である。自分たちを快適にするためにやったことが、自分たちを苦しめる結果になってしまっている。このなんとも皮肉な現状に、私は現在の限界を見た気がする。いろいろな意味で、全人類が今の生活を改めるべきときがきたのではないかと思うのである。冗談ではなく、今のままでいったら、人類の滅亡、ひいては地球が滅亡するのではないかと最近本気で感じている。自分たちの手で自分たちを殺すことに突き進んでいると感じるのである。なぜなら人間だって自然の、宇宙の一部なのに、自然の摂理に反した行動ばかりとっているからである。いつか、しかもそう遠くない未来に自然からのしっぺ返しが来るはずである。早くそうならないうちに自然の流れに戻らなければいけないのに、誰しもがいいことをしていると思っているのでストップできないのが一番恐ろしい。
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仕事のストレスかなあ はてなブックマークに追加
2007年05月07日 (月) | 編集 |
ガンになってから私は掃除・洗濯以外の家事を一切やっていない。食事作りも食器洗いもすべて母と義母にやってもらっている。少しでも私の負担を減らし、時間を治療に有効に使えるようにと協力してくれているのだ。本当にありがたいことで、心から感謝しているし、ゆえに私もそのように作ってもらった貴重な時間を1分でも無駄にしないようにしているのだが、ご覧のとおり痛みのせいでなかなか散歩もできないし、ブログも満足に書けないような毎日である。さらにここのところやらなければいけない仕事もあって、普段以上に時間が足りない状況となっている。時間に余裕があれば洗い物ぐらいしてあげたいなとは思っているのだが、とにかく日々まったく時間に余裕がないのが実情なのである。

今日はこの週末2日分の食器がたまっていたのでいつもより洗い物の量が多かった。当然私もなるべく洗いやすいように水につけたり、ほとんどよごれがなくさっと水洗いで済むような場合はその場で洗ったりして少しでも洗い物を減らすように努力はしているのだが、さすがに2日分たまっていたので水にうまくつかっていない食器があったようだ。さらに悪いことにそれが主人のお弁当箱だったので、このぽかぽか陽気で悪臭をはなっていたのだ。そこで母が「洗い物ぐらいたまにしてくれると助かるんだけどねえ」と私に言ったのだ。母がそう言いたくなるのは当然で、いつもの私であれば「そうね、ごめんね、できなくて」という感じで済むはずなのだが、今日の私は変だった。その言葉に強烈に反応してしまい、急に泣き出して「そんな時間があったらとっくにやってるよ!」と母に当たってしまったのだ(反省(^^;)。自分でも明らかに母に当たるのはお門違いだと頭では分かっていたのだが、身体が言うことを聞かず、勝手に言葉と涙が出てきてしまったのだ。

5分ぐらい私は悲しみと興奮で泣いていたが、しばらくしてようやく落ち着いてきた。そしてなぜあんなことを言ってしまったのだろうという反省とともに、なぜあんなふうになってしまったのだろうと考え始めた。答えは明瞭で、毎日やりたいこと(=やるべきこと)があるのに時間がなくてできないというストレスがある上に、さらに時間を使わなければならないことを要求されたからだ。せっかく暖かい季節になって散歩には最高の時期になったというのになかなか散歩できない、ブログも毎日書きたいのに時間がなくて書けない、スーパーに買い物に行きたいのに行けない、気功もやりたいとずっと前から思っているのに未だにできていない・・・。とにかく時間がないことでやりたいことができないのが最大のストレスになっている。しかしこのようなストレスなどはずっと前からあったことである。ではなぜ急にストレスが増えたのか?ということを考えたら、どうやら仕事が原因のようである。私が今までやっていた仕事はほとんど主人に引き継いだので今は仕事はほぼない状態なのだが、唯一アメリカのほうの仕事で私でなければどうしてもできないものがあり、その仕事は一種の季節労働的なものでちょうど毎年この時期に発生するのである。よってさらに時間がなくなってしまったのでインテリアを考えることもできなくなってしまった・・・。今日は比較的調子が良かったので本当は散歩に出たかったのだが、仕事があったので散歩にも出られなかった。先日は痛くて寝ていたかったのに、お客さんにメールしなくてはいけなかったので痛い痛いと言いながら仕事をしていた。ここ最近の仕事によって引き起こされる諸々の事が私にかなりのストレスを与えていたようだ。

しかしこのぐらいのストレスは乗り越えなければいけないものだと思っている。というのも、すでに私は家事をやってもらったり、仕事だってしないで生活させてもらっているので、これ以上甘えるのは行き過ぎだと思うからである。世の中、自分で治療費を稼がないといけない人、家事も自分でしなければいけない人はたくさんいる。それに実際問題、お客さんに対しても会社に対しても責任というものがあるので、仕事したくないからしないというわけにはいかない。だからこのぐらいのストレスは甘んじて受け入れ、自分で何とかマネジメントしていかねばなるまい。
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この変化をどう捉えるべきか悩みどころ はてなブックマークに追加
2007年05月08日 (火) | 編集 |
実は私は最近起こったある変化をどう捉えてよいかで悩んでいる。いつからそうなったのか正確には分からないが、最近本物の肛門のほうから出ていた少量の便(私は便かすと呼んでいた(^^;))が出なくなったのだ。
ちなみにその便かすというものは、元々は出ていなかった。ストーマの手術後いつからだったか出るようになったのだ。ストーマの手術を受けた当時、私は本物の肛門からは今後一切何も出ないものと思っていたので、最初見たときはいったい何が出てきたのかとびっくりしたが、主治医に聞いてそれが便かすだということを知った。私のストーマはS字結腸に造設されている双孔式ストーマなのだが、本物の肛門からストーマまでの短い腸は使っていなくても生きているので、細胞の入れ替わりによって古くなった細胞が便として排出されるのだ。便カスとは、その量があまりにも微量なので、私が勝手に名づけたものである(笑)。

今まではほぼ毎回トイレに行くたびに便かすが出ていた。出る頻度については毎回が妥当なのかどうかは分からないが、とにかく上記から考えると、便カスが出ることは至極当然のことといえる。手術直後に出ていなかったのにしばらくしてから出るようになったのも、腸が正常に動き出したからであろう。そう考えるとやはり便カスが出ることは好ましいことと考えられるのだが、それが最近まったく出なくなってしまったのだ。おなかにいくら力を入れてもぜんぜん出てこないのである。よって普通に考えると異常事態だと思えるのだが、それによって特に身体の調子が悪くなったという自覚症状がないので、私も来週のSクリニックと緩和ケア両方で聞けばいいやなどと悠長に構えているが、いったいこの変化をどう捉えるべきか悩んでいる今日この頃である。ストーマの方で便カスについて何かあったらぜひコメントいただきたい。
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私を天国にも地獄にも行かせるもの、それはうんち。 はてなブックマークに追加
2007年05月10日 (木) | 編集 |
直腸がんの宿命ともいえる便との戦い。ブログでもとにかくうんちの話ばかりだが、私の毎日はうんちに始まりうんちに終わるといっても過言ではない。そしてうんちは私を天国にも上らせるし地獄へも突き落とす。

実はブログには書いていなかったが、5日前から私は便秘でかなり悩んでいた。おとといは便カスが出なくなったのが悩みだと書いていたが、確かに中長期的にはそうだが、実は短期的にはそんなことよりもはるかに私は便秘で悩んでいたのだ。それはもう毎晩憂鬱で、明日こそは出ますようにと祈って寝るのだが、結局今日も出なかった・・・と落胆して暗ーい気持ちでこの4日間過ごしていたのであった。たまに出る微量の便がカチカチだったので、カマの量不足が原因であることは明らかであった。カマを減量してはいないのだが、今までの量では不足するようになっていたようだ。とにかくカマを増やすしか方法がないので、カマを増量して毎日のコーヒー洗腸も祈る思いでやっていたが、かなり硬くなってしまっていたようでほとんど出なかった。恐らく便秘によるものだと思うのだが、さすがに便秘4日目の昨日は腹痛まで出てくるほど、肉体的にもてんぱった状況であった。

ようやく便秘解消の兆しが見え始めたのは昨日で、いつもであれば洗腸以外の時間帯には排便はないのだが、日中パウチの中に硬い便が少しずつ排出され始めたのを見て私の期待感が高まった。やっとカマの量が追いついたと考えられたからだ。そして昨晩の期待してのコーヒー洗腸が見事に大成功!!さすがに4日分とまではいかなかったが(^^;)、2日分は確実に出たと思われるほど大量だった。そして今日のコーヒー洗腸も成功し、やっと便秘の危機から脱出できた!!

おもしろかったのは昨日の私の寝るときの精神状態である。けっこう痛みはあったのだが、そんなことはおかまいなく晴れ晴れとした気分であった。便が出ただけでこんなにも幸せな気分になれるものかと自分でも不思議に思うぐらい、うんちは私の気分を大きく左右する。出れば天国にでも上ったような気分になれるし、逆に便秘になると地獄へ突き落とされたかのような衝撃を受ける。コーヒー洗腸がうまくいった日は「今日はいい1日だったなあ。明日もがんばろう」という気持ちになれるが、不成功に終わった日はそれだけで「いやな1日だった」となってしまう。うんちに左右される人生というのも情けないが、逆にうんちさえそこそこ出てくれさえいれば穏やかな日々を過ごせるのだから、これも考えようというものであろう(^^)。

とにかくそんなわけで今日は晴れ晴れとした気分で気持ちよく眠れそうだ。しかし一方でいやなこととしては、カマの必要量のベースがアップしてしまったことだ。現在1日1.5g飲んでいるが、以前は1gで十分だった。なのにそれでは不足するようになってしまったということだ。カマを飲んでいればきちんと出るのでまだそれだけでもましだと思わねばなるまいが、モルヒネを増量していないのにカマ増量が必要になってしまったのは悲しい。
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やっかいな鈍痛・・・ はてなブックマークに追加
2007年05月12日 (土) | 編集 |
今日のコーヒー洗腸も大成功だった(^^)。これで完全に短期的な便秘の悩みは解消された!!次の悩みは中長期的、短期的両方に属し、いわば「永遠の」そして「究極の」悩みとも言える「痛み」であるが、毎日私を悩まし続けているこの「鈍痛」は、非常にやっかいである。今日もそうだったのだが、この数ヶ月私を悩ませている鈍痛はなぜやっかいかというと、起き上がって何かをするにはつらいのだが、横になってじっとしているとさほど痛まないため、レスキューを飲まずに結局はずっとダウンしていることになってしまうからである。昔の痛みはかなり激しかったため、ベッドに横になっているぐらいでは治まらず、かえってレスキューを飲んでダウンせずに済んでいたときもあった。

単純に考えれば、レスキューを飲んででも痛みを抑えて散歩に出るべきだということになる。しかしつい昨日まで便秘で苦しんでいたように、モルヒネを増やしてもいないのに便秘に傾いていることを考えると、なおさらモルヒネ増量をためらってしまう。寝ていれば痛くないしモルヒネを飲まずに済むのであればそれでいいじゃないか、という考えがどうしても出てきてしまう。さらに最近モルヒネの副作用の眠気が強く、それもダラダラ生活の一助となっているということもあるので、これ以上モルヒネを飲みたくないという気持ちが強い。最近昔のように朝起きるときの爽快感がないのは、一つには副作用の眠気も原因だと思っている。眠気によってやる気がそがれ、今日も適当に痛みを乗り越えて一日やり過ごせばいい、という気持ちに傾いてしまうのである。人間誰しもたまにはこのような気持ちになることがあると思うが、私の場合は副作用なので、毎日このような気持ちになってしまうところが恐ろしい。しかも何度も言うが、レスキューが100%確実に効けば飲む気にもなるが、飲んだところで効かないことがこれほど多発すると、飲まないで過ごせるのならそうしようという考えになってしまうのである。でも結局それでは、痛みをなんとかやり過ごせても散歩には出られないのである。散歩をしなければ血流は良くならないし、免疫力も上がらない。つまりガンを克服できない。

このように痛みが”鈍痛”であるがゆえにかえってやっかいなのである・・・。昔のようにかなり痛みは激しかったがメリハリがあった生活と、今のように痛みは比較的軽いがダラダラとした生活と、いったいどっちがいいのだろうか?どっちがガンの治療として好ましい状況なのだろうか?肉体的には当然痛みが軽い今のほうが快適に過ごせている感じはある。しかし精神的な充足感はない。答えは誰にも分からない。自分が満足のいくほう、後悔をしないですむほうがいいということになるのであろう。しかし私自身まだ答えが出せていない。だからこそやっかいなのである・・・。
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思えばストーマにすれば痛みとおさらばできるはずだった はてなブックマークに追加
2007年05月14日 (月) | 編集 |
先日痛みについて考えをめぐらせていたところ、ある重要なことに気がついた。それは「ストーマの手術をすれば痛みがなくなるはずだった」のに「なくなっていない」ということである。私が受けていた医師の説明では、痛みの原因は直腸に大きな腫瘍があるため排便時や便がたまってくると腫瘍が近くの神経を刺激するから、とのことであった。思えば痛みといえばこのブログでも何十回と書いた言葉があった。通過痛と圧迫痛である。これら2つの言葉は私が勝手に名づけたもので、今となっては懐かしささえ感じるが(^^)、ストーマ手術前は痛みといえばこれら2つの痛みで、私は常にこのどちらかの痛みで苦しんでいた。食事をすれば圧迫痛、排便すれば通過痛で、生きるためにはどっちも重要だからどうすることもできず、とにかく腫瘍が小さくなるまでは我慢するしかないのだが、食べるのも排泄も毎日のことだからたまらないと嘆いていたものだった。

よってストーマ手術を受けることになったとき、落胆していた私がその中に唯一喜びを見出したのは、今後は排便がしやすくなる(=便秘で悩む必要がなくなる)こととようやくこの痛みから解放されることであった。実際手術後には便秘の心配が減ったことから、麻薬系の薬をそれまでのフェンタニル系のデュロテップパッチからモルヒネ系のMSコンチンに変えることができたし、痛みも軽減しつつあったので痛み止めの薬も徐々に減らしていって最終的にゼロに持っていく予定であった。その証拠に忘れもしない、鮮明に記憶に残っているのは、主治医のO先生が病棟で退院直前の私に会ったとき「あれえ?まだモルヒネなんか飲んでるのお?もうストーマになったんだから痛みもなくなるはずでしょ。まあもうすぐ痛み止めなんて不要になりますよ」と言ったことだ。

私もすっかりガンが治るまでは痛みがある生活は当然だと思い込んでいたため、すっかりこれらのやりとりがあったことを忘れていた。痛みの原因が上記のとおりだとすると、ストーマによって腫瘍部分を便が通過することも圧迫することもなくなったのだから痛みはなくなるはずだ。しかし一向に痛みはなくならず、それどころかモルヒネの量は増えるばかりであった。先生の嘘つきぃ!!と胸をドンドン叩いて子供のように責めたいところだが、そんなことはできるはずもなく、要するに痛みの原因は別のところにあったというだけのことである。それだけ痛みの原因を特定することは難しいのである。

よってこう考えると、ストーマ手術の次に主治医が原発の腫瘍切除の手術を勧めてきたことがあったが、今となってはやはり受けなくてよかったと強く思う。もちろん主治医は手術は痛み軽減のためではなくあくまでもガン根治のためとしていたが、私の中では痛み軽減のためとしか思っていなかった。よって手術によって痛みがなくならなければ手術は失敗となるわけだが、この調子だと失敗だった可能性が高いと思える。私も主治医もあのときは直腸の大きな腫瘍さえなくなれば痛みはなくなるものと信じていたが、上と同様に原因は別にあり、期待通りの結果が得られなかった可能性がある。だとしたら、腫瘍切除手術はO先生もかなり危険な手術だと言っていたぐらいのものなので、期待通りにはいかなかったねでは済まされないものがある。もしかしたら痛みの原因は腹膜に転移している腫瘍が引き起こしているのかもしれない。もちろん直腸の腫瘍が痛みの原因になっている可能性はかなり高いが、それがすべてではない可能性も高い。最近、仙骨付近だけでなくお腹が痛むことも多いので、なおさら直腸の腫瘍だけが痛みの原因ではないような気がするのである。

ところであまりの偶然にびっくりしたのだが、まさに私がこのように痛みについて考えをめぐらせていたときに、Ayakenさんからのコメントに「みづきさんの痛みは通過痛でも圧迫痛でもなく接触痛だ」と書かれていたのである。Ayakenさんのコメントを見て上に書いたことを思い出したのではない。痛みなんて毎日あるのだから、このことをいつ思い出してもおかしくないのに、なぜかAyakenさんのコメントが書かれる直前に思い出し、私も接触痛だと思ったのである。これにはけっこうびっくりした。動いたり食事をしたりすると痛くなるので、恐らく腸が動くことで腫瘍が付近の神経に接触し、それが痛みとなっているのではないかと思う。まあとにかく痛みほど不可解なものはないが、ストーマになったら痛みから開放されるはずだったのにされなかったのは残念極まりない。
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すべてがずれていて冴えない一日だった・・・ はてなブックマークに追加
2007年05月16日 (水) | 編集 |
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<写真の説明>高校テニス部一同から素敵な絵本のプレゼント。「大きな木」という絵本(緑の本)は、以前アメリカ在住の友人からも英語バージョンをもらったが、それだけこの絵本が高い評価を受けているということであろう。

「ずれている」「冴えない」・・・。今日はこの言葉がぴったりの一日であった。よってあまりブログを書く気がしない。昨日書いていれば確実に書かないで寝ていたところだが、2日連続休むとさすがにこの前のように救急車騒ぎになっているのではと心配させてしまうと思ったので、とにかく「私は大丈夫」ということを知らせるためだけに今ブログを書いている。
特に痛みが強かったわけではない。それどころかむしろ痛みは比較的軽く、そういう意味では割と快適な一日だったといってもいいぐらいだった。コーヒー洗腸もまあまあ成功した。食事もちゃんと食べられた。散歩には相変わらず出られなかったが、それ以外は一通りきちんとこなせた。よっていつもであればそれなりに満足のいった一日を過ごせたというところだと思う。しかし「何かがずれている」のだ。そして結果「冴えない一日だった」という印象を私に与えている。

原因はなんとなく予想はついている。今日はまずスタートからなんとなくずれていた。いつものパターンでは、朝ごはん(=ブランチ)のフルーツを食べ、メールをチェックし、仕事を軽くこなしたところで2回目の食事(私にとってはこの食事がほとんどその日の食事のすべて)をとり、食後に調子が良ければ散歩に出られるが、だいたいは食後に痛みが発生しそのまま夜までダウン、そして20時のMSコンチンで復活というパターンなのだが、今日はメールをチェックした時点でものすごい眠気と軽い頭痛と倦怠感が襲ってきたので、食事をとらずにダウンしてしまったのだった。つまり私にとっての一番大事な食事をとれずにダウンしたのが第一回目の大きなずれだった。

今日は両親が手伝いに来てくれる日であった。びわの葉温灸は食後にすぐにやらないほうがいいと言われているので、いつもは夕食前にやっていた。それにどっちみち両親と一緒に夕食を食べようにも、いつも私がダウンしているので食べられなかった。しかし今日は痛みも軽く、さすがにフルーツだけしか食べていなかった私はお腹がすいてしまい、久しぶりに両親と一緒に食事ができるといううれしさもあり、温灸前に食べることにした。食後に15分ほどの休憩を挟み、温灸をやった。温灸自体はとても気持ちよかった。しかしそれが原因かどうかは分からないが、いつもは20時のMSコンチン服用後に絶好調になるはずなのに、今日はいつまでも痛みが引かず、それからずるずると鈍痛及び腹部の不快感が残っているのだ。これが2回目のずれである。

このように今日は「いつもどおりではない」ことが2つも起きた。あまりにも毎日判を押したような生活をしているので、ちょっとの変化がかなりの影響を与える状態になってしまっているのだと思うが、しかしこのなんとも言えない「ずれている」という感覚・・・。これはこれらだけが原因ではないと感じる。でも今の私の気持ちをもっともうまく表現できる言葉は「ずれている」なのだ。とてもじゃないがこの複雑な感覚は説明できないし、ましてやこんな短い時間では正確に伝えることは不可能だと思う。
ちょっと話は飛ぶが、最近ブログをじっくり書く時間がないので、あまり深く考えずに書いてしまうことが多いのだが、そういうときに限って誤解を受けることが多い。つまり言葉を選んで書けばうまく伝わるものを、選んでいる時間がないのでざっと書いてしまい、それが説明不足につながり、読み手に間違った印象を与えてしまうのだ。最近コメントを読んで、私の説明不足による誤解が生じていることが多いので、ちょっと自己嫌悪に陥っている。しかしこれ以上ブログに時間を割くことはできない。だから誤解を与えてしまうことを私があきらめることが一番なのであるが、同時にみなさんにちょっとだけお許しいただきたいのは、このような苦しい状況の中ブログを書いているので、その辺を大目に見てもらえたらなあと思う。時間がない&痛いという状況で常に書いているので、かなり思考が低下していることが多く、早く書いて寝なくちゃという気持ちが推敲をいい加減にしてしまう。そんなにつらいなら書かなければいいじゃない、というご意見をちょうだいしそうだが、やはりそれでも私はブログを書きたいのである。本当は毎日書きたいのである。
ああ、もうこの時点でそろそろ私のお尻が限界に近づいてきた。もう椅子に座っていられなくなってきた。よって今日も書いた内容をほとんど読み返すことなくアップしてしまうことになる。変なことが書かれていなければよいのだが・・・
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とうとうCT検査を受けることにした はてなブックマークに追加
2007年05月18日 (金) | 編集 |
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<写真の説明>友人からの手作りパン。トマトブレッド、グリーンレーズンパン、黒ゴマペーストロール、ピーナッツペーストロール。黒ゴマペーストロールはチョコレートパンを食べているような感覚になれる絶品パン。

今日は2週間に一度の緩和ケアの外来日であった。いつもだったら「もう2週間もたったのか・・・」と思うのだが、今日は2週間しか経っていないなんて信じられない。このように思うのは、1日1日がいつも以上に充実していたことを意味するのであろうか?前回の外来日は例の救急車騒動の翌日だったが、あの事件がたったの2週間前に起こったことだなんて信じられない。はるか昔のことのような気がする。

ところで、とうとうCT検査を受けることにした。別に現状把握をしようと思ったわけではない。なぜ急にその気になったのかというと、最近原因不明の腹痛が頻繁に発生するため今日それをC先生に伝えたところ、もしその腹痛が腸の動きが悪いことが原因で発生していた場合には、モルヒネをデュロテップパッチに変えなければならないと言われたからだ。つまり、現在飲んでいる痛み止め薬が症状を悪化させる可能性があるので、もしそうだとしたらそんなものを飲み続けていたら危険だからだ。
このおなかの痛みに関しては、まだ私自身よく把握しきれていない。痛み方も痛む条件も痛む場所も毎回違うからだ。あるときは下痢みたいな痛みが発生し、あるときは生理痛のように下腹部が痛み、あるときは腹部全体が痛む、いわゆる「お腹が痛い」ってやつだ。いずれの場合もそんなに長い時間はかからない。たいていは1時間ぐらいで痛みは治まる。そしてだいたいゆたぽんで仙骨付近を暖めると治まる。今日も夕方にかなり激しい腹痛が生じたが、やはりいつものようにゆたぽんで暖めてベッドに横になっていたら30分ぐらいで落ち着いた。今日の痛みは「お腹が痛い」という痛みであった。

ちなみに検査の日は7月11日。ほぼ2ヶ月先だ。緊急でなく外来の予約だとそのぐらい先になってしまうらしい。検査をするとなったら早くやってしまいたい気もするが(^^;)、まあかえってその間に様子を見られるのでよかったとも思っている。この2ヶ月で腹痛が治まれば検査をしなくてもいいのだから。それに今回は造影剤なしでの検査にすることにした。私の強い希望というよりは、C先生が造影剤なしでもいいのではないかと言ってきたからである。
とにかくこの原因不明の腹痛・・・なんとかしたい!!
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大変革のためただいま苦しんでいる真っ最中 はてなブックマークに追加
2007年05月20日 (日) | 編集 |
natsumikan.jpg
<写真の説明>母の友人がくださった夏みかん。自宅の庭でこんなりっぱなものを収穫できるとは、なんと羨ましい環境なのでしょう!

この2日間私はかなり苦しい生活を強いられており、その状態は今もなお継続中である。昨日も今日も一日中痛くてまったく動けず、正直身体も精神もボロボロだ。今日はさらに痛みが強烈で、信じられないことにレスキューを1時間ごとに3回飲むという事態にまで発展した。それでも痛みはとれず、しかも夕方には再び原因不明の腹痛が発生し大泣きした。

しかしこれはすべて自分で招いたことであり、ある程度予測していたことなのでしょうがない。というのも実は昨日から薬の服用時間を変更したからである。みなさんもご存知のとおり、もう1ヶ月以上(もしかしたらもっとかもしれない)まったく散歩をしておらず、私にとっては散歩をできる状態に持っていくことが急務であった。散歩ができない要因としては、痛みでダウン時間が長いことなのだが、以前はダウンしていたけれども散歩のための1時間ぐらいは確保できていた。なのに最近その1時間がどうしても確保できなくなってしまったのには、実は早寝早起きルール(詳細は4月5日の記事参照)が大きく関わっていた。早寝早起きは良いことなのだが、問題は早く寝ているのに早く起きていない、つまり単純に睡眠時間が長くなっただけになってしまったことにある。正確には寝ているわけではなく、痛みで起き上がれずベッドに横になっているので、睡眠時間が長くなったわけではないのだが、とにかく今までよりも2時間早く寝ているのに起床時間が変わっていないので、単純に2時間ベッドにいる時間が多くなっただけになり、ゆえに散歩の1時間が確保できなくなってしまったというわけである。

よって私は薬を飲む時間を変えることで、起床時に痛みが発生しないようにし、この問題を解決しようとしたのである。長いこと同じスケジュールで過ごしてきたので、変更には多少の痛みを伴うことは覚悟はしていた。しかし時間を前倒しに変更したので、どちらかというとモルヒネの血中濃度は高めになるわけだから、ここまでの痛みが伴うとはちょっと予想外であった。元々モルヒネの増量が必要な時期になっていたのだとも思うが、時間変更による痛み及びその他の変化があまりにも強烈だったので、精神的にもかなりやられてしまった。昨日は私の好きなTV番組「ポカポカ地球家族」を見ていたら急に死ぬのが怖くなり、涙が出てきて止まらなくなって、「まだ私を連れて行かないでください」と泣きながら必死に神にお願いしていた。今日もわけも分からずに涙が出るし、涙は止まらないしで、夕方の激しい腹痛も精神からきた痛みであったと思われる。その証拠に、もう自分でもモルヒネをいくら増量したところでこの痛みはとれないと悟ったので、音楽を聴いて気持ちを落ち着けたところ、30分もたたないうちに痛みが治まったのである。あの感覚はなんとも不思議であったが、この痛みは薬では決して治るものではなく、精神さえ落ち着けば引くものだという確信がなぜか湧き上がってきたのである。いつも今日のように痛みの対処法が分かれば苦労しないのになあ(^^;)。

今、夜の23時過ぎだが、ようやく今日飲みまくったモルヒネが効いてきたのと精神が落ち着いてきたのとで痛みが治まり、いつもの穏やかな夜を過ごせるようになってきた。この2日間本当に苦しかった。まだ明日になってみないと分からないが、おとといの緩和ケアで主治医からも40mgのMSコンチン増量の許可をもらったので、今回はちょびちょび増量するのではなく、一気にがつんと増量して、痛みを完全にとることを最優先にしようと考えている。この2日間で痛みに対してかなり精神が敏感になってしまったというか、ちょっとした痛みでも落ち込むような状況になってしまったので、一度完全に痛みから解放され、再び痛みと闘える精神力をつける必要があるようだ。それだけ今回の変更による精神的なダメージは大きかった。自分でも予想以上のダメージであった。ここのところいろいろなことが重なって、精神的に不安定になっているのであろう。とにかく気持ちを一新して、一からやり直す気持ちでやっていこうと思う。それには朝から痛いとその日一日何もできなくなってしまうので、明日の朝こそ痛みなく起きることが絶対必要条件である。
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今度はおきまりの副作用で苦しむ はてなブックマークに追加
2007年05月21日 (月) | 編集 |
がつんとモルヒネ増量したおかげで、今朝は予定通り痛みが軽い朝を迎えることができた。今日こそは快適な一日を送れそうだ!とルンルン気分でベッドから起き上がったら・・・天国から地獄へ突き落とされた!!うわっ、そうだった・・・!!大量にモルヒネ増量した後のおきまりの副作用を忘れていた・・・!!胃はゲロゲロで気持ち悪いし、目はぐるんぐるん回っているし、軽い頭痛はするし、猛烈に眠いしで、まさに副作用のオンパレードだった。ということで、せっかく起きたというのに再びベッドへ直行、午後2時までダウンする結果となった。

午後2時にもなると、さすがに何も食べていなかったのでお腹がすいてきた。胃のムカムカもだいぶ落ち着いてきたのでご飯を軽く食べた。そうこうしているうちに副作用のほうは落ち着いてきた。痛みは夕方の薬の切れ間に出てきたが、夕方のモルヒネ&ボルタレンを服用後はばっちり痛み止めが効果を発揮、コーヒー洗腸の成功も加わり、今も快適にブログを書いている。

せっかく今日は痛みがなかったのだから散歩に出られるはずだったのだが、予定外の副作用によるダウンでその願いは叶わずであった。副作用のほうはもう2日も経てば落ち着いてくるであろうが、モルヒネ増量による副作用を忘れていたなんて、私もなんてどじなのであろうか(^^;)。しかし久しぶりに痛みが軽い快適な一日を過ごしてみると、やはり「痛みをとる」ことがいかに重要かということを痛切に感じた。今夜はあまりにも気持ちがいいのでどうしてもブログを書きたくて、実はすでにお約束のリミット時間をとっくに過ぎているのだが、約束を破ってブログを書いている(^^;))。さあ、もう寝なくっちゃ。明日は痛みがなく、かつ副作用が出ないことを祈りつつ・・・。おやすみなさい!
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今の私に必要なのは厳しさだと思う はてなブックマークに追加
2007年05月23日 (水) | 編集 |
モルヒネ大幅増量によりかなり楽になったが、期待していたほどの成果が出ていない。なんだかんだで今までと同じぐらいのダウン時間を要しているのが現実だ。増量してから今日で3日目になるが、結局一日も散歩できていない。もう一段階の増量が必要なのかもしれない。まだ副作用が完全に治まっていないので今すぐには危険だが、もうここまできたら完全に痛みが取れるところまで増量してみようじゃないか。こんなに天気がいいのに、一歩も外へ出ない生活を毎日続けているのでは、治るものも治らない。それに人間日光に当たらなさ過ぎると、精神的におかしくなってくるらしい。最近私がおかしいのはもしかしたらそれが少し関係しているのかも・・・?(^^)

とにかく散歩を一日も早く再開しなければいけない私であるのだが、今日ベッドでダウンしていたときに、痛みをとることと同じぐらい今の私に必要なものに気がついた。「厳しさ」である。先日散歩ができなくて悩んでいるということをブログに書いたところ、佐藤さんをはじめ複数の方から「~がない。~ができない。」と考えるのをやめ、「~ができる。~がある。」と肯定的に考えるようにとのコメントを頂戴した。私もまさにそのとおりだと思う。しかし今日ベッドで思ったのは、私に関して言えば、そう思うよう心がける時代は終わったのではないかということである。

過去の私は確かに物事を堅苦しく考える傾向にあったので、肯定的な思考にする必要はかなりあったと思う。実際ストイックなまでに散歩に執着していた当時は、痛かろうが何しようが毎日散歩に出ていたときがあり、それはかえって自分を精神的に追い詰め免疫を下げていた可能性があった。よってその頃の私は肩の力を抜く必要があった。私が散歩に出られないと落ち込むたびに何度も佐藤さん他多くの方からアドバイスをいただいたおかげで、最近の私はやっと肩の力を抜くことを覚え、散歩に出られなくたっていいじゃないか、今日一日を考えたってできたことはいっぱいあったじゃないか、というように肯定的に考えられるようになったのだ。このように考えられるようになったことは私にとってものすごくプラスなことであり、自分としてもいろいろな意味で楽になったので、アドバイスしてくださったみなさんには心から感謝している。

しかし最近の私に必要なのは、肩の力を抜くことではなく、むしろその逆の「厳しさ」であると思うのである。なぜなら最近の私においては、肯定的に考えることが自分を甘やかす結果となってしまっているからである。もちろん100%散歩に出られる状況なのに面倒くさいから出なかったなどという日は一日たりともない。しかし正直、少し我慢すれば出られるところを、肩の力を抜くことが必要なんだとか、散歩に出られなかったけど○○ができたからいいじゃないかとか、自分の都合の良いように解釈して散歩に出なかったことがあったことは否定できない。要するに本来の「肩の力を抜く」ということを正しく利用するのではなく、単に自分を甘やかすだけの言い訳に利用するようになってきてしまったのである。

というわけで、今の私には厳しさが必要であることは分かった。さてここからの問題は、分かったところで実践できる強靭な精神力を今の私が持ち合わせていないことである。よっていくらでも言い訳が見つけられる今の環境がまず一つは問題なので、言い訳できないように自分を追い詰めていくしかないと思っている。それには最大の言い訳になる「痛み」をまずなくすことである。痛みがなくなったら次には仕事、その次には果たしてどんな理由を自分で見つけてくるのか予測はつかないが、恐らく何かしらのいい理由を見つけて自分を納得させるようにするのであろう。これからはまさに自分との闘いだ。一度楽を覚えてしまった身体を厳しい環境に戻すことほど大変なことはない。しかしこの闘いに勝てなければ、ガンに対する勝利もない。
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泣く泣く従兄弟の結婚式参加を断念 はてなブックマークに追加
2007年05月25日 (金) | 編集 |
来週日曜日の従兄弟の結婚式を何ヶ月も前から楽しみにしていて、ぎりぎりまで様子を見ていたのだが、残念ながら今日参加を断念することにした(泣)。今朝の時点では欠席どころかむしろ参加できそうだと大張り切りで、ドレスは何を着ようか、アクセサリーは何にしようかと衣装選びも済ませ、美容院に行ってカットまでしてきたのだった。ところが美容院の後、銀行、郵便局と回ってたかだか10分ちょっと歩いただけなのに、帰る途中で痛くなり、家に着いた時点では腰を伸ばすこともできないぐらい、また深呼吸をすることもできないぐらいの激痛であった。

原因は分からないが、久しぶりに歩いたせいだと考えられる。かあるいは、美容院で1時間弱じっと座っていたせいかもしれない。いずれにせよこんなちょっと身体を動かしたぐらいで痛くなってしまうようでは、とても結婚式の参加は無理だ。ましてや会場は軽井沢なので、新幹線の往復も無理だし、何時間もじっと椅子に座っているのも無理だ。

まだ結婚式までは1週間あるので、私としてはこの1週間でなんとか体調を整え、なんとしても参加したいという気持ちなのだが、これ以上迷惑はかけられないので断念することにした。なぜなら今回ホテルに私だけのために特別食をお願いしているという事情があるからだ。それに当日調子が悪くなったら、せっかくの結婚式のお祝いムードをぶち壊してしまうことにもなりかねない。よって本当に残念極まりないのだが、今回は欠席することにした。

ところでぜんぜん話は変わるのだが、ある週刊雑誌のジャーナリストのS氏から取材の申し込みを受け、来週その人に会うことになった。取材の内容は、がん患者の金銭的な苦労についてである。ガンの治療にはとにかくお金がかかる。私はやっていないが抗がん剤は高いし、モルヒネが必要な人は薬代も高い。サプリメントも高いし、保険診療外の治療となればものすごい高額である。とにかく私が話すことが少しでもがん患者さんの役に立つならばと、私は喜んで取材を受けることにした。
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人間も所詮は動物である はてなブックマークに追加
2007年05月27日 (日) | 編集 |
私は今まで「人間以外の動物は嫌い」と公言してはばからなかった。だから当然ペットなど飼ったことはない。そういった性格もガンの原因の一つになったのであろうが、とにかくガンになってから、今までまったく関心のなかった自然や動植物の話題に触れることが多くなった。そして自然界を知れば知るほどその神秘に魅了され、すごさを思い知り、同時に我々人間は所詮は動物なのだということを思い知らされている。
今までの私は、人間は他の動物たちとはまったく別次元の生き物であり、特別だと思っていた。人間は確かにすごい。しかしちょっとだけ他の動物たちより脳が発達しているだけであって、本質は同じなのである。ゆえに、本当は動物たちと同じような生活をしなくてはいけないのに、ちょっとばかり優秀だったおかげで変な化学合成物を作り出したり、本来決められた通りの食事や行動をしなくなったりするようになってしまった。少しの変化なら自然が作ったすばらしい浄化システムを持つ身体も地球も許すことができたであろうが、人間は許されないところまで変化を遂げてしまった。だからガンみたいな変な病気が蔓延するようになってしまったのだ。

今日義母から、いしかわ動物園にいる長寿カバの「デカばあちゃん」の話を聞いた。デカばあちゃんは人間の年齢でいうと現在100歳を超えているそうである。だから本当の名前はデカちゃんなのだが、デカばあちゃんになったのだそうだ(笑)。ちなみにカバヤ食品のキャンペーンガールにもなったそうである(^^)。
さてこのデカばあちゃん、長寿の秘訣は自然治癒力の強さと食欲旺盛なことだそうだ。自然治癒力についてのエピソードがとても興味深かったのだが、デカばあちゃんは、調子が悪いときは何も食べずにただじっとしているのだそうだ。そうすると何もしなくても(つまり薬などを飲ませなくても)自然治癒力で回復し、またいつものようにモリモリと食べ始めるのだそうだ。

私はこれを聞いて、人間も所詮は動物なのだから、病気を治したいのなら人間も同じことをすればよいのだと思った。よく病気になったら体力をつけなくてはいけないといってたくさん食べさせる傾向にあるが、以前読んだある本には、かえってそれは逆効果だと書いてあった。そしてこのカバの話で改めてそう思った。要するに食べると消化するためにものすごいエネルギーを必要とするので、ただでさえ体力を失っているのに、大量に食べるとさらに体力を使わせてしまうことになる。よって病気のときは、消化の良いものを少量食べればいいのである。食べる量に関しては、健康なときでさえ少量でいいという説もある。「少量」というのは現代の食べすぎを前提としてあえてそう言っているので、決して一日茶碗一杯のごはんと味噌汁だけでいいと言っているのではないと思うが、とにかく食べることにおいて重要なのは、量をたくさん食べることでなく、いかに「必要な栄養素」を「効率よく摂り」「消化吸収できる」かということなのである。たくさん口から食物を取り入れても、消化吸収がうまくできず体内に取り込まれなければ意味がない。

食欲旺盛なことは健康な証拠であり、きちんと食べられているうちは死なない。このデカばあちゃん同様、義母の飼っている愛犬ポン太の話を聞いても、やはりかなり高齢にもかかわらずまだ元気なのは、食欲が衰えていないからだと言っていた。私もおかげで食欲は旺盛である。よってその点ではまだまだ大丈夫だということだ(^^)。
今日は動物と人間の共通点の話だったが、動物と植物も共通点がたくさんあっておもしろい。いわゆるすべてをひっくるめた「自然界」は知れば知るほど奥深く、いかに自然界のルールにそって生きていないことが不自然で、それが引き起こす問題が大きいかを思い知る。そして今解明されていることなんて、自然界のすべてからすれば、ほんの少しの部分だけなのだろうと私は思う。
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週刊誌の取材を受けました はてなブックマークに追加
2007年05月29日 (火) | 編集 |
今日はジャーナリストS氏がある週刊雑誌に掲載する記事の取材のために我が家に来た。話は予想以上に盛り上がり、内容は私が現在どのようながん治療を行っているのかといった個人レベルの小さい話から、がん治療はどうあるべきか、政府としてガン対策をどうやっていくべきかといったマクロレベルの話、さらにはガンの枠組みを超えて日本の医療改革の話までとかなり話題が多岐にわたった。よって今回の記事の主題がいまいちつかみきれず、それに対して自分の主張したかったことがきちんとすべて網羅できたかどうか自信がないが(^^;)、しかし記事の内容がどうであろうと私は安心している。なぜなら根本的なところでS氏の考えと私の考えは一致していたので、最終的にはちゃんと私の言いたかったことを書いてくれるという信頼感があるからだ。

とりあえず今日話した内容について、重要と思われる話題についてだけ報告しておこう。
・まず「ガンは死病」というガンに対するイメージを変える必要がある。確かにガンは簡単に治る病気ではないが、やり方さえ間違わなければ治せる病気である
・ガンはステージによって、治療法にしろ生存率にしろ大きくいろいろな条件が変わってくるので、ガンと一言でまとめるのではなく、ステージを重視するべきである
・そしてステージ1、即ち早期発見のガンに対してのみ西洋医学の手術が有効であって、それ以上のステージの場合は代替療法による治療のほうがはるかに効果が高い
・最近はガンへの関心が高くなってきているので、TV番組でもガンが話題として取り上げられることが多いが、日本のマスメディアが紹介するガンの治療法はすべて西洋医学のものである。恐らくマスコミ自体が代替療法の存在を知らないのだろうが、まずはマスコミが率先して代替医療について勉強し、西洋医学に関する情報だけでなく代替医療に関する情報をもっと国民に与えていくべきである
・代替療法の中でもっとも重視すべきは「精神」である。ガンを治すのは食事でもなく運動でもない。「精神力」である
・ガンの治療にはお金がかかる。保険適用にならない治療が多すぎる。これでは何のために国民全員が質の高い治療を受けられるようにと国民皆保険制度にしたのか分からない。現状ではお金がない人は死ぬしかないと言われているも同然である。至急保険適用範囲を見直すべきである。
・あるいはもう一歩進んで国民皆保険制度を廃止し、アメリカのように個人の自由で医療保険に加入するようにすればいい。もちろんその際低所得者に対するケアも忘れてはいけない。
・日本はもっと病気の「予防」に力を注ぐべきである。ガンも心臓病も生活習慣病なのだから、食生活や運動が大事なのだという啓蒙活動をもっとすべきである。それによって医療負担の問題を解決できるだけでなく、そもそも何よりも重要な国民の健康と幸せのためになる。

ざっと書くとこんな感じであった。ところでガン対策として、西洋医学利用の患者からすれば、例えばもっと使える抗がん剤の種類を増やして欲しいとか、そういった問題点が挙げられると思うのだが、今回の記事ではあくまでも代替療法の観点からのみの問題となっているので、その点ご理解いただきたい。

今日S氏に聞いた話だが、ガンのような現代病はまぎれもなく現在の問題の多い食生活によって発生したものだが、その問題の食生活を作り出した犯人はあの「マ○ドナルド」だとアメリカで言われているそうである(本も出版されているとのこと)。つまりマ○ドナルドが徹底的に効率と低価格を求めたことにより、大量に化学物質を使った栽培と飼育法が生み出され、そのように作られた質の低いしかも「肉」を大量に食べる食生活になってしまったというのだ。これを聞いて私は妙に納得してしまった。

さてさてあとは今日のこの話がどのように記事になるのかお楽しみだ(^^)。とにかく私としては、私が世に伝えたいと思っていることを完璧に理解し、こうして実際に伝えてくれている人がいるということが今日分かっただけでもうれしかった。そしてS氏も私に対して同じように思ってくれているようで、私にこれからもどんどんブログを通じて情報を発信し、実際にガンを克服し、生き証人としてこれらの重要性を世に伝えていって欲しいと言われた。私もぜひそうしたいと思った。そのためにはなんとしてもガンを克服せねば!!がんばるぞー!
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掃除は健康のためにやるもの はてなブックマークに追加
2007年05月31日 (木) | 編集 |
家がきれいになることは気持ちいいし、私は別に掃除嫌いではないが、ガンになる前は専業主婦ではなかったので、仕事が忙しいのを理由に掃除はあまりしていなかった。掃除機をかけるのは週に1、2回程度、床の拭き掃除などはごくたまにしかやらなかったし、エアコンの掃除は一度もやったことがなかった。食器洗いや洗濯はやらないとたまってしまうからやらないわけにはいかないが、掃除に関しては多少の汚れやほこりを気にしなければ、毎日やらなくても生活に支障はないのでつい後回しになりがちであった・・・(^^;)。

ところが最近の私は、体調さえよければ掃除機は1日おきにかけているし、その他の拭き掃除もかなりの高頻度でやるようになった。なぜこのように変わったのかというと、理由はその「目的」にある。
ガンになってから、健康についていろいろと勉強した。そしていかにホコリやカビやその他の物質が健康に悪いかということを知った。その結果、今までは掃除はただ単に「きれいになると気持ちいいから」という理由でやっていたが、今は「健康のため」にやっている。健康のためにやるようになったら、ぜんぜん掃除が苦ではなくなったし、それどころか時間さえあれば毎日でもやりたいと思うようになった。しかも拭き掃除なんかは一生懸命やると汗をかくぐらいのいい運動にもなるので、一石二鳥なのである(^^)。

ちょうど掃除に対する意識改革が行われていたときに、先日タイミングよくハウスクリーニングのチラシが入っていた。アメリカの値段に慣れていた私たちは、あまりの値段の高さにびっくりしたが、だからといって私にはやる時間も体力もないので、今回はプロにお願いすることにした。そしてそのクリーニングの日が今日だった。今回はトイレ以外の水廻り(キッチンとお風呂場と洗面所)とクーラーをお願いしたのだが、おかげでぴっかぴかになってとっても気持ちがいい!一番の問題はクーラーだったのだが、5、6年使って一度も掃除したことがなかったので、恐らくというか確実に身体の害になる物質を撒き散らしていたと思われるので、これでやっと安心して使えるようになった。水廻りについては私が今後頻繁に掃除するにしても、一度ぴかぴかにしてもらう必要があったので、これで今日以降は安心だ。ただ一つだけプロのクリーニングにお願いする際の難を言うと、使用する洗剤が自然派のものではないところだ。かなり大量の合成洗剤を使用したので、今日は一日中換気していた。
というわけで、ぜひ掃除が苦手・・・という人は、健康のためと思うようにするといいと思う。私もガンのおかげで、今まで見てくればかり気にしてやっていた掃除だが、掃除を必要とする本当の意味を知ることができた。
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