西洋医学に見放され、余命1年の宣告にも負けず、自己治癒力で勝負しています

病人でもおしゃれは重要!? はてなブックマークに追加
2006年03月01日 (水) | 編集 |
私はもともとあまりおしゃれには気を遣わないほうだが、入院中はそれが顕著であった。どうせ2週間の入院だし、病人なんだし、おしゃれなんかする必要ないと思っていた。だから、かわいいパジャマとか買わずに、祖父が入院していたときの男物の着物を寝間着代わりに着ていた(そもそも入院の手引きに前あきの寝間着を用意するようにと書いてあったので)。しかも私は女性なのに身長173㎝もあり、女性らしいかわいらしさもないので、下手すると男に間違えられていたかもしれない(笑)。しかし、点滴もはずれ、もう前あきの寝間着でなくても良くなったので、家からスウェットを持ってきてもらい着てみると、年齢相応の女性らしくなり、明るい感じになった。

手を大きく振りながらいつものように病院内をぐるぐるウォーキングしていると、あるおじさんが声をかけてきた。「君、ずいぶんと元気になったねえ。術後管理棟で着物着て歩いていた子でしょ?見違えちゃったよ」。別の日にまた別のおばさんから同じ事を言われた。やっぱり着るもので印象もずいぶん変わるんだな。そして「元気になった」と言われたことが、私の活力になり、余計にウォーキングに力が入り、すべてが良い方向に向かった。ウォーキングもスリッパでぺたぺた歩くのではなく、シューズを履いて歩いた。そのほうがぜんぜん歩きやすいし、スピードも出る。階段の上り下りまでこなした。自分でもびっくりするぐらい元気になった。恐らく町中で私を見かけたら、誰も末期ガンの患者だとは思わないであろう。そのぐらい元気になったのだ。よってこのとき、病人だからと病人くさい格好をするのではなく、おしゃれすることで身も心も明るくなるものだと感じた。一応髪の毛だけは入院前に美容院に行ってカットしてきちんと染めたんだけどね(^^;)。
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さらに追い打ちをかける医者からの一言 はてなブックマークに追加
2006年03月02日 (木) | 編集 |
前日半分抜糸、今日全部抜糸し、明日からはシャワーも浴びていいと言われた。手術からたったの8日で、ものすごい回復力だ。この回復力は別に私にだけ特別備わっているものではなく、どの人間にも備わっているものだ。心も明るく、食欲もあり、元気に散歩や階段昇降もでき、便が出にくいことと夜あまりよく寝られないことだけを除けば、健康な人となんら変わらない。
このように外科的な治療はほとんど終了したところで、私の場合は、今後抗ガン剤治療をしていかなければならないので、外科から内科にバトンタッチになった。内科医から今後の治療方針について説明があるので来てほしいと言われ、主人と母と3人でミーティングルームへ向かった。

先方は消化器内科のK先生、それとレジデント(研修で来ている医者)のA先生が座っていた。まずは私の現状の説明(開腹したが腹膜転移及びその他複数の転移が見られたため原発ガンについては取れなかったこと、卵巣にも転移があったので右卵巣だけは摘出したことなど)がなされ、よって抗ガン剤による治療が必要だという説明がなされた。次に抗ガン剤の種類、副作用、奏功率などの説明がなされた。その後である。私にとって衝撃的かつさらに追い打ちをかける一言が浴びせられた。「あくまでもこれから行う治療は延命治療です。延命したとしても2-3年でしょう。しかし緩和ケアなども整っていますから安心してください」。

私は即座に聞き返した。「え・延命ですって?抗ガン剤でガンを叩いて小さくなったらまた手術するんですよね?」「手術はもうありえません」「え?でも外科のA先生は小さくなればまたできるっておっしゃってましたけど」「認識を変えてください」「・・・・」その時点で涙が溢れてきた。私は涙声でこう言った。「副作用等でつらい思いしてまでちょっと長く生きたってしょうがない。延命は必要ありません。抗ガン剤をやらなかったらどうなりますか?」「余命8ヶ月ぐらいでしょう。それにこのまま放っておいてガンが大きくなったら腸閉塞になって人工肛門になってしまいますよ。そのほうがかえってつらくて痛い思いをしないといけなくなりますよ」

八方ふさがりだった。腸閉塞の大変さは話に聞いているし、せっかく人工肛門を避けられたというのに、死ぬまでのほんの短期間のために人工肛門になるなんてまっぴらだ。抗ガン剤をやるしか選択の余地はなかった・・・。私だけでなく、主人も母もまた手術できると思っていたから、私同様相当衝撃を受けていたようだ。ましてや私が悲しみで泣いているのを見て、主人も母も涙を目に一杯溜めていた・・・。
一通りの説明を受けミーティングルームを出た私たちは、病室にはすぐに戻らず、気持ちを落ち着けるため、待合室にある個室に入った。私は涙が止まらなかった。外科のA先生からは余命1年ぐらいと聞いていたのに、さらに8ヶ月と余命まで短くなっている。さらにはもう完全に治る道は絶たれ、あとはいかに安らかに死を迎えるかというだけのものになったのだ。

悲しみにうちひしがれる私を、主人は一生懸命励ましてくれ、さらに母の前で少々照れたが、そんなこと関係なく私の肩を抱いてくれた。とてもうれしかった。主人のやさしさをひしひしと感じ、ああこの人と結婚して本当によかったと心から思った瞬間であった。
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西洋医学との決別 はてなブックマークに追加
2006年03月03日 (金) | 編集 |
私の手術結果が最悪だったと知ったときから、主人は朝から晩まで私の治療に関するリサーチをしまくっていた。そしてお見舞いに来るたびに、本やネットからの情報をコピーして持ってきてくれ、私に読むように言った。私も主人もそれらの情報から、徐々に西洋医学には疑念を抱くようになっていた。そして根治する方法も存在することを知り、東洋医学や自然療法に興味を抱き始めていた。
そんなときに、昨日の内科医からの説明で「根治の道はない」と断言されたので、それで完全に吹っ切れた。西洋医学にはもう頼らない!!!!私は自然療法に命を賭け、絶対にガンを克服してみせる!!!!

それにしても今回ガンになっていろいろと勉強になった。何度も繰り返すが、この35年間盲腸以外の大病をしたことがなかったので、健康や医者(医学)に関してまったく無頓着であった。よって西洋医学、東洋医学という言葉を知ってはいたが、内容をあまり理解していなかった。でも今ならはっきりわかる。つまり、西洋医学は対症療法で、東洋医学は根本治療なのだ。どちらがいいかと言えばもちろん東洋医学なのだが、欠点は体質改善などをしなくてはならないので、どれも時間がかかり即効性に欠けるという点だ。それに対し、西洋医学は即効性の点でかなり優位にある。実際痛み止めなども、西洋医学の薬を飲めばすぐに痛みがなくなる。でも問題は、根本的には治っていないので、一生薬を飲み続けなければならないことだ。そして薬には大なり小なり副作用は必ずあるし、しかも飲み続けると身体に耐性ができてしまい、だんだん効かなくなってくる。そうやってどんどん飲む薬の量が増えたり、さらに強い薬を使わなければいけなくなってくるのだ。ただ簡単な病気には西洋医学は向いているかもしれない。しかし、ガンのような難病、さらに言えば私のような末期ガンはもう治せないのだから、やっぱり人間として「治せない」と言っている人よりは、「難しいけど治す道もあるよ」と言ってくれる人に頼ろうと思うのは当然の成り行きであろう。
というわけで、これ以降私はきっぱりと西洋医学と決別することを決心したのであった。
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退院したくない! はてなブックマークに追加
2006年03月04日 (土) | 編集 |
同室のお姉さんが明日退院することになった。同時にお姉さんを通じて知り合った別の病室のお姉さんHさん(彼女は3年前に卵巣ガンを患い、今回は再発により入院)も明日退院するとのこと。彼女たちのおかげで笑いの絶えない入院生活を送れたので、すごく寂しい。彼女たちの退院当日は、笑顔でさよならするつもりだったが、つい泣いてしまった。でもおかげさまで彼女たちとは退院後も情報交換をするなど、今でも親交が続いている。

彼女たちより私の方が3日遅れて手術をしているのに、先生が彼女たちに続いて明日退院してもいいと言ってきた。普通なら喜ぶべきところを、私はものすごくブルーになってしまった。退院したくない!そう思ってしまうほど入院生活は快適だったのだ。だって、よく考えたら、散歩はどうするのだ!?今は病院内が暖かいから快適にウォーキングできるし、トレイも至る所にあるから、あっと思ったときにでも十分間に合う。でも退院したら外を散歩しなくてはいけない。まだまだ3月初旬でめちゃくちゃ寒いし、それにトイレも公衆便所ではウォッシュレットはついてない。そして何よりも困ったのがベッドだ。当然病院のベッドは電動式でマットレスの角度調節ができる。でも我が家は敷き布団だ。日本の家は仮住まい仕様になっていたので、ベッドは渡米の際に処分してしまったのだ。それに仮にあったとしても、マットレスの角度を調節できない。実はまだ入院中、一度もフラットにして寝たことがなかったのだ。とてもじゃないけど、床に敷いた布団で寝起きは不可能だ。ベッドの重要性を痛感した。

そんなときに朗報が舞い込んだ。なんとうちの実家に祖父が自宅療養中に購入したパラマウントベッドがあるというではないか!!いやー助かった。でも持ってきてもらうには少し時間がかかるので、明日退院となるとさすがに間に合わない。そこで私は退院を延期する方法を考えた。ただ退院したくないというのでは子供の言い訳で通用しない。そうだ、熱を出せばいいんだ。というわけで、もちろん熱などなかったのだが、私は嘘の申告をした。でも嘘の申告をするにも注意が必要だ。あまりにも高熱にしてしまうと、変な薬を飲まされてしまう。これも今回の入院中に学んだことだ。西洋医学ってやつは、熱が出たと言えば「はい、解熱剤」、下痢をしたと言えば「はい、下痢止め」というように、なんでもかんでも薬で対応しようとする。よっていわゆる微熱ってやつがいいのだ。しかもタイミング良くその日は初めてシャワーが許可された日だったので、シャワーを浴びたせいで風邪を引いたようだというストーリーにすることにした。でもこの方法はあまりうまくいかなかった。がんセンターもベッド待ちの人がたくさんいるので、少しでも早く元気な人は退院させたいのだ。そこでだめもとでストレートにお願いした。「いろいろと自宅の受け入れ態勢を整えなければいけないこともありますので、せめて退院まであと2日ください」と。結局この直球ストレートの懇願が功を奏し、希望通りパラマウントベッドが我が家に到着した次の日に退院できたのである。

これは余談だが、この退院日延期作戦は、思わぬ波及効果も生んだ。それは保険である。入院保障が受けられる入院日数の条件は、20日以上の入院が必要だった。ご存じの通り最近のガンの外科手術は、おおよそ2週間で退院させられるので、ほとんどの場合保証が受けられない。しかし私の場合は、ブログには書かなかったが、手術前に行き違いがあり人より多く入院していたので、この延期によってちょうど20日間をクリアーできたのだ。まだ保険金を請求していないのでわからないが、恐らく入院保障が受けられるはずだ。いや、受けられないと困る!!せっかくガン保険に入っていたのだから。22歳の時にガン保険に入るとは、将来のこのことをその当時予想していたのだろうか?(笑)
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治療方針の決定、主治医は主人 はてなブックマークに追加
2006年03月05日 (日) | 編集 |
主人は入院中の2週間でありとあらゆる文献・情報を読みあさり、退院後の治療計画を作成してくれた。それは次のようなものだ。

・徹底した食事療法(=玄米菜食)
・運動をする(1時間の散歩をなるべく1日2回)
・びわの葉温灸 1日2回
・免疫細胞療法
・サイモントン療法(=心理療法)
・フコイダン、AHCCのサプリ摂取
・抗ガン剤でガンを小さくし、時間稼ぎをする
・ヨガ
・イメージ療法
・半身浴
・コーヒーエネマ(=コーヒーによる腸内洗浄)
・リンパマッサージ(これは4月から追加された)

以上が一日で私がこなさないといけないメニューだ。実際退院後1ヶ月経ったが、これをすべてこなすのは至難の業。でもヨガとイメージ療法以外はほぼこの通りにこなしている。
主人は私にとっての真の主治医だ。私の次に、誰よりも私のことを一番長く近くで見ているから、私の症状・性格をよく知っているので、時には医者以上に的確なアドバイスをくれる。だから主人の提示したこの計画表に私はなんの憂いもなく、これに従おうと思った。
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自分の恵まれた環境に感謝! はてなブックマークに追加
2006年03月06日 (月) | 編集 |
Hさんが退院する前日、がんセンターの15階の眺めの良い待合室からぼーっと外を眺めている(実際には眼下に築地市場が見える)姿が未だに忘れられない。いつも冗談ばかり言って私たちを笑わせていたHさん。そんなHさんが寂しそうに思いにふけっていた。あまりの寂しげな後ろ姿に声をかけられなかった。その夜、Hさんがいつものように私たちの病室に遊びに来た。そして同室のSさんが「あんた、さっき何思いにふけってたんだよぉ。似合わないんだよぉ。」そしてHさんがぼそっと言った。「退院したくないな・・・」
理由を聞いてみると、Hさんの家はあまり家族の協力体制が整っていないらしく、Hさんが病気でつらいのに母親はパチンコに出かけ、食事もろくに作ってくれないそうだ。だから家に帰ると、父親、兄弟、自分と夫の食事の用意をHさんがしないといけないらしい。だからよっぽどここにいたほうが気が楽だと言うのだ。またこの3年の闘病生活でけっこう貯金も使い果たしてしまったとのこと。そしてHさんの場合、再発での入院だったため、今後の自分の人生などについても不安が募っているようだった。

それに比べて私はどうだろう。毎日母親が食事を作りに来てくれると言っているし、主人はサラリーマンではないため、自宅で仕事ができるので、いつも私のそばにいてくれる。金銭的にも金持ちではないが、1クール200万円という高額な治療費がかかる免疫療法も受けさせてもらえるのだから恵まれていると言えるであろう。ましてや、退院してすぐに治療方針が決まっている患者なんて、いったい他にいるだろうか?恐らくいないであろう。自然療法を実践した人の体験記などを読んでいても、ほとんど、いや全員がまずは抗ガン剤や放射線などを行い、その後に西洋医学に疑問を感じ、いろいろ調べた上自然療法に行き着くのである。よって私の場合、そういった人に比べて時間の無駄が一切ないのである。これはものすごいことだと思う。今でもつくづくそう思う。本当に、すべて主人のおかげである。一生懸命調べてくれて、さらに調べるだけでなく、主人の場合は膨大な情報をきちんと取捨選択して(しかも的確に!)、私の納得のいくように説明してくれる。リサーチに要する時間だって馬鹿にならない。普通に仕事している人では、とてもじゃないけど、これだけの時間は費やせないと思う。主人だからできたことだ。こうして今では完全に私は主人信奉者になってしまった・・・。なかなか面と向かって言えないからこの場を借りて申し上げます。ありがとう!!!!!!!!!
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退院、そしてこれからが本当の闘病生活 はてなブックマークに追加
2006年03月07日 (火) | 編集 |
本日めでたく退院した。実際、私の場合はあまりめでたくはないのだが、まあとりあえずめでたいということにしておこう。20日ぶりの我が家。これからの闘病生活に若干不安はあるものの、気分は晴れやかだった。パラマウントベッドもちゃんと私の狭い部屋に収まっていた。午前中に退院したので、お昼ご飯を作って義母が待機してくれていた。本当にありがたいことだ。夜には両親が来てくれる。家族の暖かさ、ありがたさを痛感した。今までの私の場合、自分の生活・仕事で手一杯で、ちょっと家族をないがしろにしてきたところがあったので、このように家族への感謝の気持ちを持てたことはちょっとガンに感謝かな。

それにしても、ガンが発覚して以来、私の感情をグラフに表すとまさにジェットコースターだった。ガンと分かったときのものすごい落胆、その後大腸ガンはあまり怖くない病気だと分かって気分は上昇(主治医には「いつアメリカに帰るんですか?」とさえ言われ、アメリカの家を引き上げてきたことを後悔したほど(^^;)、しかし手術後末期ガンを宣告されまたまた急降下、さらに回復の見込みがなく延命治療しかないと言われどん底に、しかし代替療法・自然療法で根治の可能性があると分かりまたまた上昇、そして現在もこのポジティブなマインドは保たれている。本当に自分でもびっくりする。どうしてここまで前向きでいられるのであろう。というか、自分のことをガン患者だという意識がほとんどない。ましてや末期ガンの悲惨な状況にあるなどという感覚は皆無に等しい。それではどういう感覚かというと、なんらかの病気でしばらく不便な生活を強いられるけど、3年ぐらいすればかなり元の生活に近づけるからそれまでの辛抱、辛抱・・・という感じだ。よってむしろ人に自分の病気の説明をしているときに、その人の私を見る悲しそうな目で「ああ、私は末期ガン患者なんだった」と気がつくという始末だ。

このようにしてくれたのも、もちろん主人だ。入院中にたくさんの本や資料を持ってきてくれ、絶対にあきらめないでがんばれば必ず治る!という意識を植え付けてくれたのだ。ここでの重要なポイントは、ガン関係の本を読む際、闘病の末死んでしまった人の手記は絶対に読まないことだ。だからそういう本は一切読んでない。私が読んだ本はすべて、成功の体験記ばかりだ。食事療法やその他の療法でガンを克服し、余命3ヶ月の末期ガンから見事完全復活、20年も生き続けている人の話などだ。そういう本ばかり読んでいるから、私もその人たちの仲間入りできる!と感じることができるのだ。
しかし主人はこのようにして私の気持ちを盛り上げる一方で「だからといってガンを甘く見てはいけないよ」と私に警笛を鳴らした。あまりにも過信しすぎると危険だからだ。現実、ガンは怖い病気なのだし、ましてや私の場合末期ガンで余命1年という状況に変わりはないのだから。落ち込む必要はないが甘く見てはいけない・・・この辺のマインドコントロールがなかなか難しいところだが、でもとにかくガン克服の第一歩は「絶対治してみせる!」という本人の意気込みなので、これだけは失わずにがんばっていかなくっちゃ。とにかく退院して終わりではなく、これからが本当の闘病生活の始まりなのだから。
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玄米菜食、好スタートを切る はてなブックマークに追加
2006年03月08日 (水) | 編集 |
さあ、早速退院したその日から食事療法=玄米菜食を開始だ。すでに私の実家では玄米菜食とまではいかないが、白米を止め玄米を食べていて、前から何度も玄米を勧められていたのだが、まさに食わず嫌いで、端からまずいと決めつけ絶対に食べようとしなかった。でももう今回は選択の余地なしだ。しかし、生まれて初めて食べた玄米は、私の予想を裏切り、とてもおいしいものだった。でもここにも主人の努力の成果が隠されていた・・・。すでに私の入院中、玄米用の圧力炊飯ジャーを購入しておいてくれたのだ。いくらかかったのかは知らないが、けっこう高価なものらしい。一般的に玄米はおいしくないと言われているのは、炊飯器のせいのようだ。一般の炊飯器を使って玄米を炊くと、いくら水を多めにしたり、長く浸したりと努力してみても、ここまでおいしくは炊けないらしい。だから私は声を大にして言いたい。玄米菜食を実行する場合は、けちけちせず、玄米用のいいお釜を買って欲しい。そうすれば玄米菜食をさほど苦なくやれるはずだから。食事は毎日のことなので、ごはんがまずいとそれだけでブルーになる。

退院後1週間ぐらいして普通の玄米菜食になったが、退院してすぐの時は大変だった。なぜなら、ただでさえ制限の多い玄米菜食に加え、便が出にくかったので低残渣食にしなければならなかったからだ。低残渣とは、便の量を増やさないようにあまり腸に残らないようなものを食べることだ。繊維質のものはだめ、きのこはだめ等々・・・これらの厳しいオーダーに応えて食事を作ってくれた母と義母に改めて感謝申し上げたい。
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コーヒーエネマ(腸内洗浄)初体験 はてなブックマークに追加
2006年03月09日 (木) | 編集 |
またもや私の肛門いじめのメニューが増えてしまった(^^;)。それはコーヒーエネマ(=浣腸)である。でもやるっきゃない。とほほ。私の場合腸内洗浄も必要だが、同時に便が出にくいので浣腸的な要素も必要だからだ。そしてとうとう初体験。初心者は800ccから始めるようにと書いてあったので、800ccのコーヒー液を作った。ちなみに使用するコーヒーは、腸内洗浄用とはいえ、そのまま飲んでも大丈夫なものだそうだ。それぐらい身体にやさしいものなのである。えいっ。肛門から液が腸に入り込んでくる。しかーし!!!な・なんと100ccぐらいでギブアップだった。次の日も、その次の日も、なんどやっても800ccも入れるなんて到底無理だ。せいぜいいいところ200ccだ。どうして他の人はそんなに入れられるのだろうか?しかも、その後しばらくの間、お風呂につかってお腹をマッサージしたりするとのこと。人間業とは思えない。今でも200ccがせいぜいだから、たぶん私の場合は一生かかっても800ccの域にはたどり着かないであろう。でもそれでもやらないよりはましなようだ。たったの200ccでも、つまっていた便が出る。しかも、このエネマのいいところは、さほど苦しくないのだ。イチジク浣腸などはけっこうお腹がつらいが、コーヒーエネマはあのようなつらさがない。けっこう入れた後我慢でき、自分でもうそろそろって思ったときに出せばいい。そして出した後はすっきりで、あとに残るような苦しさはまったくない。これは何も病気の人だけがやるものではなく、健康な人が健康維持のためにやってもいいものなので、けっこうお勧めだ。だからといって、たぶん私が健康だったら、たまーにやるかもしれないが、頻繁にはやらないと思う。やっぱり肛門に入れるのはいやだもんね。
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腸閉塞の恐怖。久しぶりの大泣き はてなブックマークに追加
2006年03月12日 (日) | 編集 |
ここのところ下痢が続いていたので、酸化マグネシウム(=カマ(緩下剤))を思い切ってストップしてみた。そしたら大変なことに!便が出なくなってしまったのだ。慌ててカマを再開したが、私の場合すぐに効き目が現れないので、2日間便秘になってしまった。そして3日目。精神的にも肉体的にも限界だった。お腹が苦しくて苦しくて、大嫌いなイチジク浣腸をやってみたがそれも失敗。もう精神的に追いつめられていた。というのも、退院してからというもの、常に腸閉塞の恐怖と闘ってきたからだ。私の場合直腸ガンのため、便が詰まったらアウトだ。主治医からも腸閉塞には気をつけるようにと言われていたので、便が出ない=腸閉塞という認識だったのだ。

「なんで、うんちが出ないんだろう!!!!!!!!どうやったら出るんだろう!!!!!!!!!!」35歳のいい大人が、床で足をばたばたさせて大声で泣きまくった。ガン克服には、このような精神的ストレスが一番いけないと言われているので、主人が慌てて飛んできて、私をやさしくなぐさめてくれた。「大丈夫、大丈夫。ちょっとは出てるんでしょ。ちょっとだけでも出ているのなら、腸閉塞にはならないんだから。カマを増やしてもう2日経ってるから、今日を乗り越えれば、きっと明日はちゃんと出るよ」
子供が母親になだめられて泣きやむかのように、私も気持ちが落ち着いてきて泣きやんだ。そしてその日一日はかなりつらい思いをしたが、主人の言った通り、翌日には出過ぎ?というぐらい出た。

ここでの教訓。カマは急激に減らさず、少しずつ調節するようにしましょう。このときのつらい体験が今でも生きていて、下痢になったからといってストップしないようにしている。なかなか完璧には調節は難しいが、少しずつ調節することで、無理なく症状を緩和できるようになった。それにしても、この3日間はつらかったあ・・・。
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もう手術したくない! はてなブックマークに追加
2006年03月16日 (木) | 編集 |
実は今日は私の36歳のバースデー。友達からおめでとうメールをたくさんもらった。お花も届いた。その中にな・なんと主人からのお花もあった!びっくり!結婚前はお互いにプレゼントしあっていたのだけど、結婚してからはプレゼントはなく、素敵なレストランでお食事、というのが定番になっていたのだ。それが結婚後はじめて主人からプレゼントをもらった。しかも素敵な花瓶付で。すごくうれしかった。これもガンに感謝かな。

サイモントン療法の中でも”ガンになって受けた恩恵を列挙せよ”というメニューがあるが、けっこうこう考えてみるとガンになって受けた恩恵というものがたくさんある。このブログを書いていても「ガンに感謝かな」という言葉が頻繁に出てくる。
とにかく今年もらった友人からのお祝いのメッセージやお花は、格別にうれしかった。家族や友人の愛を一杯受けられている私は本当に幸せ者だ。

誕生日だったので前置きが長くなってしまった。話をガン治療の話に戻そう。抗ガン剤投与を3月終わりから開始する予定で話が進められていた。私の抗ガン剤の場合、48時間の点滴が必要で、そのためのポートを埋め込む手術が必要であった。ポートというのは、細いチューブ管で、鎖骨のあたりに埋め込み、それによって自宅にいながらにして点滴ができるというメリットがあった。手術といっても15分くらいで終わる簡単な手術だそうだ。抗ガン剤投与のためには必須だと思っていたので、特に深く考えていなかった。ただただ、手術をするのはいやだなあということしか頭になかった。

ポートを入れたくないという気持ちは日増しに強くなっていった。なんとなく直感的にそう思った。ポートのメリットは、自宅で抗ガン剤注入できるので仕事もできるし家事もできる。またいちいち2泊3日の入院をする必要もない、ということだが、よく考えてみたら、私にとってはそれらはメリットでもなんでもなかった。私は仕事も家事もする必要がないし、入院費用も問題なければ、距離的にも簡単に入院可能だ。よってそんなことだけのために手術をすることのほうがよっぽどデメリットだったのだ。
こうして手術したくないという気持ちが強くなると同時に、他に選択肢は本当にないのかという疑念が沸いてきた。だって、私の場合、副作用が強かったらすぐに抗ガン剤は中止しようと考えているので、手術しても1回で無駄になるかもしれないのだ。そしてポートが不要になった場合は、またそれを抜く手術を受けなくてはならない。つまりいくら簡単とはいえ、2回の手術を受けなければいけないのだ。それにポート式になったのは最近の話で、昔は当然点滴で入れていたはずだ。ということは、今でも点滴でやろうと思えばやれるのではないか?そう考え、すぐにがんセンターの主治医に電話した。しかし先生の答えは「うちでは入院による点滴での投与はやっていません」。でも他の病院でやりたいなら、紹介状は書いてあげますと快く言ってくれた。がんセンターのいいところは、けっこうさばさばしているところである。セカンドオピニオンとかも快く対応してくれるし、そういうところは私の性格にマッチしている。ただ、問題はガンの研究にしか興味がなく、自分たちが日本で一番と思っているので、時々それが患者の希望を個別に聞いてくれないといった対応の悪さにもつながっているのだ。

とにかくがんセンターではできないと分かったので、別の病院を探さなければならなかった。そしてのちに、この直感に従って行動したことが私にとって良い結果をもたらしたのである。
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びわの葉温灸初体験 はてなブックマークに追加
2006年03月20日 (月) | 編集 |
私の治療計画メニュー(詳細は3月5日の記事参照)の一つ「びわの葉温灸」は基本的に自宅で自分でできるものであるが、とりあえず一度プロにやってもらおうということで治療院へ行った。とにかく私は痛いもの、苦しいもの、熱いものは嫌いなので、温灸も最初は気が進まなかった。昔、祖父が家でお灸をやっていたのを見たことがあり、熱そうだったからだ。ところがどっこい、気持ちいいーーーーーーー!!!!熱かったら「熱いです」と言えばすぐにやめてくれるし、じわーっと熱さが肌に染みこんでくる感じで、なんとも心地よいものであった。こんなに気持ちのいい治療なら、喜んで受けられる。抗ガン剤などとは大違いだ。もちろん今でも毎日1日2回びわの葉温灸を続けているが、私にとってはこの30分(1回あたり)が至福の時である。主人にやってもらっているので、余計に気持ちいい。主人には悪いけど、温灸中は私語は禁止にしている(笑)。温灸の気持ちよさに集中したいためだ。一日中痛みと闘っている私にとって、唯一痛みフリーの官能の世界に浸れる瞬間が、この温灸中なのだ。

それにしても、びわにこんなすごい力があるとはびっくりだ。本当に自然のすごさには圧倒される。今でこそびわの葉の効能はあまり知られていないが、昔の人はすでに知っていたようだ。その証拠に、びわの葉を探しながら散歩していると、古い歴史を持つ地域には必ずと言っていいほどびわの木がある。神社なんかは恰好のびわスポットだ。だから私の住んでいる地域(特に築地、八丁堀界隈)は都会なのにびっくりするほど多くのびわの木がある。でも最近作られたマンションなんかは、絶対にびわの木などは植えていない。びわも常緑樹なのだが、最近のマンションには流行の別の常緑樹が人気らしい。びわの木など一度も見たことのなかった(もちろん興味もなかった)私だが、今ではすっかり散歩中はびわの木ばかりを探していて、びわを見つけるプロになってしまった(笑)。

温灸を始めるに当たって、びわの生葉を確保するのが最大の懸念材料であったが、上述の通り自宅界隈にたくさんあるし、練馬の実家の近所にも十分あるようなので、どうもその心配は無用のようだ。まさかこんな都会にびわの木があるとは思わなかったので、つい焦って少数の友達にびわの葉があったら頂戴と頼んでしまっていた。友達とは本当にありがたいもので、すぐに複数の人たちがびわの葉を送ってきてくれた。この場を借りて再度申し上げます。どうもありがとうね!!
このように私は幸運にもびわの生葉が簡単に手に入る環境にあるが、例えば義母の住む八王子にはぜんぜんないらしい。だからけっこう新興住宅地域では入手は難しいかもしれない。これまた自分の幸運な環境に感謝だ。最悪びわの生葉が手に入らない場合は、びわの葉エキスを代用することも可能だが、やはり生葉の威力に勝るものはないらしい。太陽の光を一杯浴びて”気”をたくさん含んでいる濃い緑の葉を使うのがベストだそうだ。自然療法の基本的な考えは、こうした自然の力に感謝しながら、それを利用させて頂き、その代わりに私たちも自然に恩返しをする・・・ということなのだ。

自宅で温灸をするにあたり、もう一つの問題は、煙だ。もぐさの棒に火をつけて温灸するので、相当な煙とにおいが部屋中に充満する。においは別にいやなにおいではないが(私はけっこう好き!)、我が家のような最近のマンションは、火災報知器にビニールをかぶせておかないと、すぐに報知器が作動してしまうので要注意だ。だから我が家では窓に取り付ける簡易換気扇を購入した。このおかげで、かなり煙の充満が解消されるようになった。でも冬は換気扇を回しながらはとても寒くてできないので、報知器にビニールをかぶせて、温灸が終了してから換気を行うようにしている。おかげで私の部屋はもぐさ臭くなってしまった(^^;)。

このように、びわの葉温灸は、効果が大きいとはいえ、時間がかかったり、部屋が臭くなったりするので、嫌煙する人も多いようだが、ぜひ重い病気にかかっている人はやって欲しいと思う。私自身、まだはっきりと温灸の成果というものは感じていないが、でもすでに現れているような感じがしないでもない。実際、いくつか好転反応と呼ばれる症状が出てきているから。ただ、食事療法とかもやっているので、どちらのおかげで出てきたのかは分からないので、故に断言できないだけだ。でも効果がはっきり出なくても、温灸そのものがとても気持ちがいいし、それだけでもかなりのリラックス効果が期待できるのではないかと思う。
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がんセンターから聖路加へバトンタッチ はてなブックマークに追加
2006年03月22日 (水) | 編集 |
国立がんセンターの主治医から入院による抗ガン剤投与をやりたいなら他の病院を探せと言われたので、早速病院探しが始まった。ネットで調べると、やはり最近の主流はポートを埋め込む方法のようなので、抗ガン剤のためだけに入院させてくれる病院を探すのは困難を極めると思った。しかし思いがけずすぐに見つかった。それもなんと私にとって、最も近く最高の病院。それが聖路加病院だった。

3月22日に電話して、とりあえず24日の外来に来るよう言われた。主治医は、外科部長だった。でもその先生がとてもやさしくていい先生で、なんと28日に入院させてもらえることになったのである。もちろん本来はそんなに早くに入院させてもらえないようだが、やはり先生も私の病状及び年齢からいって、一刻も早い抗ガン剤投与が必要と判断したようである。こういうときに、普通の病院だといいと思った。なぜならがんセンターだと、どの患者もガンなので、ガンだからといって特別扱いはされない。でも普通の病院だと、やはりガンだと重要視されるので、少し融通を利かせてもらえるのだ。

というわけで、私の抗ガン剤投与の日があっという間に決定され、28日から2泊3日で入院することになった。うれしいような怖いような複雑な気持ちだ。でもとにかく一度は経験してみなければならない。聖路加は全室個室なので、個室料金がかかるのが難点だ。ちなみに私の部屋は1泊4万円だから3日で12万円。下から3番目のグレードにした。というのも、聖路加としたことが、個室にもかかわらずトイレがウォッシュレットになっていないのだ。どうしてもこれだけは譲れなかったので、しょうがないから3番目のグレードにするしかなかった。でもこの判断はまさに大正解だった。それについては後日詳しく書くことにする。それとこれも実際入院してあとで分かったのだが、なんと私のグレードの部屋にはおやつがついていた。3時になっていきなり「失礼しまーす。」と看護師さんが入ってきたので何かと思ったら、おやつだった。最初の日はおまんじゅうとお茶、2日目はスイートポテトと紅茶だった。これにもびっくりだった(笑)。とにかくこのようにして、私の病院が国立がんセンター中央病院から聖路加国際病院にバトンタッチされた。
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とうとう抗ガン剤投与開始! はてなブックマークに追加
2006年03月28日 (火) | 編集 |
本日から2泊3日で聖路加に入院、抗ガン剤投与が始まった。私の抗ガン剤は、5FU+ロイコボリン+イリノテカンのいわゆるFOLFIRIと呼ばれているやつだ。前にも書いたように、ようやく治療が始められる!といううれしさ反面、これからどんな副作用で苦しむのか!?という恐怖もあり、タイトルに「とうとう」とついていることからも分かるように、私の気持ち的には後者の方が若干勝っていた。朝10時に入院、すぐに採血をし、午後から抗ガン剤の点滴開始と言われていたが、結局点滴を始めたのは夕方5時過ぎになってからであった。ちなみに入院初日は皮肉にもけっこう自分的には快便だったので、体調が少し良くなってきていることに快感を感じていた。「皮肉にも」と言う理由は、まさにせっかく快便になっていたのに、抗ガン剤のせいで後日すべてが狂ってしまったからである。

1日目、2日目は副作用も何もなく順調に過ごした。個室だからTVもイヤホンなしで見られるし、携帯もOK、しまいには私の部屋は3時のおやつまで出てくる・・・といった具合で、主人には「ホテルライフだね」なんて言われる始末だった。もちろん私は点滴に48時間つながれ、抗ガン剤を入れられているのだから、そんな風には思えなかったが、他人から見るとそう見えるのであろう。家にいるときはいろいろとやることが多くTVを見る暇もないので、久しぶりに映画なんかを見てみたりした。そういう意味では少しリラックスできたかもしれない。予想外に副作用がなかったので、なーんだ、抗ガン剤ってそんなにつらくないじゃん。これならやっていけそうだな。なんて思っていた。

ところが・・・・3日目(退院する日)、とうとう恐怖の副作用が来た!!まずは朝一番、看護師さんが持ってきてくれた朝食のにおいをかいだだけで気持ち悪くなった。食欲はゼロ、おなかはけっこうすいているのに気持ち悪くて食べられない。無性に悲しくなってきて、主人に泣きながら電話した。「気持ち悪くて食べられない・・・。フルーツなら入ると思うので、悪いけどりんご持ってきて・・・」主人はすぐにりんごを剥いて持ってきてくれた。副作用が始まった恐怖心で精神的にかなり落ち込んでしまい、主人の顔を見ただけでなぜか涙が出てくる・・・。お昼には母が来てくれたが、母の顔を見て安心したのか、また涙が出てきた・・・。
そしてお昼ぐらいからは下痢の副作用が始まった。これには本当に参った。5分とベッドに座っていられない。トイレから出てもすぐにもよおし、また水下痢。あまりにも何十回も下痢するものだからたぶん痔になったのであろう。下痢の苦しさに加え、痔の痛みも加わり、生きている心地がしなかった。トレイにいくたびに、痛ーーーい!!と泣き叫んでいた。

点滴が終わったのが夜の7時になってしまった。さあ、問題は家までの10分の道のりだ。日中に比べ下痢も多少間隔があいてきているものの、10分持つかどうかは非常に難しいところだった。よって情けないが、看護師さんに最悪もらしてもいいようにおむつをもらった。結果はセーフ。なんとかおむつのお世話にならず、10分歩いて自宅に無事帰ることができた・・・。
前回の記事で”多少高い個室を選んだことが大正解だった”と書いたが、その理由がこの激しい下痢だ。個室だから部屋にトイレがあり、当然自分専用だからいつでもいけるし、誰に邪魔されることはない。あの状況で病室からトイレまで歩かないといけないことを想像すると、気が遠くなる。実際、ある人のブログに書いてあったのだが、その人は大部屋でトイレまでけっこう距離があったそうだ。あまりの激しい下痢に、もうその距離が耐えられないほどになって、とうとう看護師さんにトイレに近い病室に変えてもらうよう懇願したそうだ。その気持ちは非常によく分かる。ぜひこれを読んでいる方で、これからイリノテカンの抗ガン剤をやる人は、トイレの重要性を肝に銘じておかれることをお勧めする。
テーマ:ガン治療
ジャンル:ヘルス・ダイエット